北尾吉孝日記

『敬の一念を持つ』

2019年7月18日 16:00

明治・大正・昭和と生き抜いた知の巨人である森信三先生は、『修身教授録』の中で次のように言われています--師説を吸収せんとせば、すべからくまず自らを空しうするを要す。これ即ち敬なり。故に敬はまた力なり。真の自己否定は、所謂お人好しの輩と相去ることまさに千万里ならむ。
ここで先生が言わんとしているのは、誰かに非常に傾倒しその人から長所を出来るだけ取り入れようとする、言ってみれば、その人に感じる「敬」の気持ちに対しその対極にある「恥」の気持ちを抱く中で自分をある意味否定して行く、ということではないかと私は思います。
但し、それは全部の自己否定ではなくて、自分が敬と感ずる他者の点を同時に恥と思い、他者の優れた点を徹底的に真似して自分の悪い所を排除しよう、といった感覚を「真の自己否定」と森先生は言われているのではないでしょうか。
私が私淑するもう一人の明治の知の巨人・安岡正篤先生は、「人の人たるゆえん」として此の敬と恥という言葉を挙げておられます。先生は之に関し、『照心講座』の中で次の通り述べておられます--敬という心は、言い換えれば少しでも高く尊い境地に進もう、偉大なるものに近づこうという心であります。したがってそれは同時に自ら反省し、自らの至らざる点を恥づる心になる。省みて自ら懼(おそ)れ、自ら慎み、自ら戒めてゆく。偉大なるもの、尊きもの、高きものを仰ぎ、これに感じ、憧憬(あこが)れ、それらに近づこうとすると同時に、自ら省みて恥づる、これが敬の心であります。
人間というのは本質的に、敬と恥の関係を常に有しているものです。此の敬と恥が相俟って醸成されてくる「憤」の気持ちが、大きくは万物の霊長としての人類の進歩を促し、また個人については、自身を段々と変え成長させて行く原動力にもなります。
それがため敬を知り恥を知らねばならず、之は人間誰しもが持っている気持ちです。そんな敬と恥を自らの内に覚醒させるべく、出来るだけ若いうちに心より師事するに足る人物を見つけ出し、その全人格を知ろうと大いに努めれば、そこに自分が良き方向に変わり得る可能性が生まれてくるのだと思います。
安岡先生は之に関し、『運命を開く』の中で次のように言われています――人間はできるだけ早いうちに、できるだけ若い間に、自分の心に理想の情熱を喚起するような人物を持たない、理想像を持たない、私淑する人物を持たないのと、持つのとでは、大きな違いです。なるべく若い時期に、この理想精神の洗礼を受け、心の情熱を燃やしたことは、たとえ途中いかなる悲運に際会しても、いかなる困難に出会っても、必ず偉大な救いの力となる。若い時にそういう経験を持たなかった者は、いつまでたっても日蔭の草のようなもので、本当の意味において自己を伸ばすということができない。ことに不遇のときに、失意のときに、失敗のときに、この功徳が大きいものです。
あるいは、森先生は冒頭挙げた『修身教授録』の中で次の通り述べておられます--真に自分を鍛えるのは、単に理論をふり回しているのではなくて、すべての理論を人格的に統一しているような、一人の優れた人格を尊敬するに至って、初めて現実の力を持ち始めるのです。同時にこのように一人の生きた人格を尊敬して、自己を磨いていこうとし始めた時、その態度を「敬」と言うのです。それ故敬とか尊敬とかいうのは、優れた人格を対象として、その人に自分の一切をささげる所に、おのずから湧いてくる感情です。
私の場合、『論語』を中心とする中国古典あるいは上記した明治時代の二大巨人、森信三・安岡正篤といった方々が私の師ではないかと考えています。自分の範とすべきものがあり、その人物は如何にしてそうなり得たか等々と学ぶことで初めて、自分もその人物に近付こうという思いに駆られることになってきたわけです。
目の前で師と触れ合い師の呼吸を感ずるような状況、すなわち師と仰ぐ人の謦咳に接することが一番望ましいのは言うまでもありません。しかし小生のように残念ながらそれが叶わぬ場合は、師と定めた偉人の書を読み込み、その様々な教えを通じて学び、それを血肉化して行くことが非常に大事だと思います。そしてまた、の対象が歳と共に変化して行くようでないと、人間としての進歩はないと私は考えています。
最後に本ブログの締めとして、森先生の次の言葉を紹介しておきます――自分の貧寒なことに気付かないで、自己より優れたものに対しても、相手の持っているすべてを受け入れて、自分の内容を豊富にしようとしないのは、その人の生命が強いからではなくて、逆にその生命が、すでに動脈硬化症に陥って、その弾力性と飛躍性とを失っている何よりの証拠です。(中略)尊敬の念を持たないという人は、小さな貧弱な自分を、現状のままに化石化する人間です。したがってわれわれ人間も敬の一念を起こすに至って、初てその生命は進展の一歩を踏み出すと言ってよいでしょう。




 

昨日、SBIグループは創業20周年を迎え記念式典を執り行いました。本ブログでは以下、私の御挨拶を記しておきます。

本日は私共SBIグループ創業20周年にあたりますので、いささか記念の催しをとお招き申し上げましたところ、皆様にはご多忙中にもかかわらず、第一部、第二部をあわせまして2000名以上に及ぶ多数の方々にご参集いただけることになり、感謝に堪えない次第でございます。厚く御礼を申し上げます。
回顧すれば今から20年前、私は当時48歳でございましたが、資本金はソフトバンクからご出資いただいた5000万円、当時グループの創業にかかわった者が55名ということでありました。
今日では資本金は920億円になり、役職員数は6000名を超え、株式時価総額も六千数百億円程度となりました。事業の方は、証券、銀行、保険を中心としたオンライン金融業界の雄と成り、また国内最大規模のベンチャーキャピタルを有し、さらにITと並び今世紀の中核的な産業であるバイオ領域にも進出しました。また海外においてもアジアを中心として様々な国でベンチャー投資や様々な金融サービス業を展開致しております。
私共が今日かかる隆盛を見るに至ったのは、創業メンバーをはじめ多くのその後参画した役職員各位の粒粒辛苦と、当グループ各分野のお客様及びお取引先各位の継続的なサポートの賜物であり、私にとりましては、誠に欣快至極であるとともに深甚なる感謝の念でいっぱいであります。
この週末、この場で何をどのようにお話したら良いか、過去20年の歩みを反芻しながら逡巡しておりました。その中で様々なことが走馬灯のように思い出されてきたのですが、そこで気づいたのは、その大半がどちらかといえば苦難の時の思い出でした。
創業以来、様々な世界的な経済的大事件が起こりました。例えば、パリバショック、リーマンショック、ギリシャ危機、ユーロ危機、加えて、イランや北朝鮮における地政学的リスクの高まりなどといった世界中の経済や企業へ様々に甚大な影響を与えた大事件です。
そんな中で我々がどうやって、生き残り、かつ成長できたかと考えますに、ひとつはこうした未曾有の大事件をいち早く察知できたこと、そしてさらに、目前の困難に対処すべくそれぞれのタイミングで様々な役職員が持てる英知を結集し、グループ一丸となり奮闘努力したことによると思います。そしてさらに、そうしたピンチをチャンスにつなげるということもやって来れたというふうに思っています。
思い出というものはどちらかというと楽しいものはさーっと脳裏から消え去り、残っている苦難の時の思い出は今となってみれば、よく乗り越えられたという感慨となり、そうした苦難の経験はそれを乗り越えられたという自信と困難に立ち向かっていく勇気を醸成してきたように思います。
この節目にあたり次の20年を考える時に、我々はこれまでを冷静に振り返りつつ脚下の現実を直視し、そして近未来をできるだけ正確に先見することで、これから起こりうるであろう様々な苦難も既に我々が得た自信と勇気を持って乗り切っていけるという確信になっております。
先日、20周年記念事業の一環として上梓した本の終わりにも書いておきましたが、私が読んだ書中から心に残る言葉を書き留めてきたノートを見てまさにこれだと思ったこと、それは憲政の神様といわれた尾崎行雄の言葉です。逗子の披露山(ひろやま)公園の石碑になっているらしいですが、「人生の本舞台は常に将来に在り」という言葉です。
我々SBIグループの本舞台もまさに将来にあると思い、その将来を輝かしきものにするために新たな技術を積極的に導入し、新たなアイデアや新たなアライアンスを創出し、新たな人材の確保と育成にとりかかっていく所存でございます。
さて、私のご挨拶の終わりに臨みまして、参議院議員選挙期間中にもかかわらず、菅官房長官には第一部にビデオメッセージを、また第二部はご臨席を賜り、まさに選挙中の最も多忙を極める時にもかかわらず、錦上花を添えていただきましたこと厚く御礼を申し上げたいと思います。
また何分20年に一度という不慣れなことでもあり、不行き届きの点も多々あるかと思いますが何卒ご宥恕いただきたいと存じます。
そして今後とも一層のご後援ご鞭撻をいただきますことを幾重にもお願い申し上げ、本日の私のご挨拶と致したいと存じます。
誠に有難うございました。




 

『人が使いたい人?』

2019年7月4日 16:25

渋沢栄一翁は、「人に使われる者が最も大切にしなければならないのは、主人に『この人物をなるべく永く使いたい』と思わせることである。だから、用事をたくさん言いつけられるというのはとてもよいことで、不平を言うのではなく、幸せだと思わなければならない」と述べられているようです。
野村證券時代を振り返ってみますと、私自身は上の人が使いたいと思い難い人間であったかもしれません(笑)。私は当時、会社組織では上司・部下といった関係性は大事にしなければならないと思っていました。下の者が上の者に対し礼を尽くし敬意を払うことは、チームを秩序立てるために必要だからです。
だからと言って、上司に盲従するだけでは意味がないとも思っていました。ですから、「それは違うのではないですか」「この方が良いのではないですか」といった具合に、自分の主義主張や立場を何時も明確にしていました。それが若造のサラリーマンとしてはユニークと言えばユニークであったのかもしれません。
しかし、一口に上司と言っても色々で、私のように「ノーはノー」「イエスはイエス」というタイプの人間を評価する人もいるわけです。人の人に対する見方は様々ですから、別にそれ自体を気にする必要もないでしょう。私はそれよりも、『論語』の「李氏第十六の八」に「君子に三畏(さんい)あり」とある通り、天命を常に意識し、大人・聖人の言に畏れを抱きながら自分を律し、確固たる主体性を有した自己を確立できるよう努力し続けることが大事だと思っています。
他方、同じく『論語』に「君(きみ)、臣を使うに礼を以てす」(八佾第三の十九)とあるように、上の者も下の者を敬い、出来得る限りその考えに耳を傾け、愛情を持って導くという姿勢が大切です。私自身が人に求めるのは、思いも付かない事柄や成る程と感心する事柄を言ってくれることです。私が考えている事柄と同程度しか考えられない、といったことでは殆ど意味がありません。
但し、「こいつは、ひょっとしたら出藍之誉(しゅつらんのほまれ…弟子が師よりもすぐれた才能をあらわすたとえ)になるかもしれないなぁ~」と感じさせる人物は貴重だと思います。私にとって良き部下とはそうした類であって、渋沢翁の如く使い易い・使い難いといったふうには余り考えたことはありません。
それから最後にもう一つ、当ブログでも幾度も指摘している通り、昔から人の使い方として「使用…単に使うこと」「任用…任せて用いること」「信用…信じて任せて用いること」とあります。その人の本来の職責を限られた時間内に効率的に如何に果たすかという観点からも、信じて任せて用いることが出来れば一番望ましいと思います。立場が上になり部下の数が増えれば増える程、部下が最もやる気を起こしてくれる信用を出来るか否かが問われるのです。来るべき時に備え我々は常々、己を磨いておくことです。




 


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