北尾吉孝日記

『修身のすすめ』

2016年12月6日 15:10

株式会社致知出版社から『修身のすすめ』という本を上梓しました。明後日8日より全国書店にて発売が開始されます。
本書は、私が折に触れ書き溜めていた、世に起こる社会現象や様々な人の主張を聞いたり見たりした時の雑感を一冊の本に纏めたものです。
十年以上の間に夥(おびただ)しい数の雑文が溜まっており、そこからどういった方針で取捨選択するかが本書の価値に非常に関わるわけです。その方針は、昨今の我が国の内憂外患の根本原因が私の従前の持論である戦後の教育にあるとの考察に基づくものとしました。即ち教育が単なる知識や技術の習得に偏し、世渡りの方便と堕してきた結果が、徳性の高い英傑の士の払底(ふってい)に至ったと私には思えるのです。
江戸時代の日本人の高度な精神性や道徳性が、いかに齎されたかと考えるに、朱子学が教育の中心に置かれ、教養の根幹となってきたことに起因すると思われます。
当時は『小学』『中庸』『大学』といった中国古典が各藩の藩校や寺子屋で教科書として使用されていたのです。『小学』は「修己(しゅうこ)修身の学」とされ、能力と人格の両面において基本的なことを学ぶ書とされていました。『大学』は「修己治人(ちじん)の学」とされ、人の上に立つ者の心得を学ぶ学問とされていました。『中庸』は調和の学であり、創造の学でした。
戦前まではこうした学問を通じて日本人は徳性を磨いてきたのです。ところが戦後は古い封建思想だとされ、こうした中国古典から学ぶ人が殆どいなくなりました。
私は、人間力を磨く上で、こうした学問は必須であり、こうした教えが一般の人にも分かり易い内容で古典と同じような教育効果を挙げられないかと思案し、先ほどの古典の内容を私なりに消化したものを現代風にアレンジしたのが本書であります。甚だ大胆な試みであることは重々承知ですし、私自身もそのでき栄えに不備不満が残るものではあります。敬(つつし)んで大方のご教示を請うところであります。




 

時代が変わろうとも大事なことは一切ぶれずに、しかし、やることは過去にこだわらず、挑戦していくのが発展の秘訣だ--之は、雑誌『月刊BOSS』2016年12月号の中の記事、「成功経営者の共通項は基本に忠実でブレないこと」で紹介されている、ミキハウスグループ創業者・木村皓一さんの言葉です。
嘗て私は、『基本の徹底と変化への対応~私が「セブンイレブンに学ぶこと」~』(2014年3月7日)というブログを書いたことがあります。野村證券時代、担当者と同伴で事業法人部長としてイトーヨーカ堂グループに行くと、「変化への対応と基本の徹底」という1982年以来の経営スローガンが常に掛かっていたのが非常に印象的でした。
此の言の意味というのは、先ず「基本とは何か」「何を基本にすべきか」といったところから始まって、その基本を決めた後は何時の時代においても、それを徹底的に貫き通すというスタンスだと私は認識しています。
但し、その時併せて重要視しておかねばならない大事な要素は、変化への対応であります。そういう意味では、例えば鈴木敏文さんが「世の中が変化すれば、我々も変えていかなければいけない。変化するからチャンスがある」というふうに言われています。
之がセブンイレブンの進化の秘訣ということで、鈴木さんは「過去の経験や常識に縛られると、思考や感覚にフィルターがかかり、どんな情報に接しても、価値ある情報として感知されません」とも言っておられます。
基本の徹底と変化への対応--これこそが、成功経営者の二大共通項と言えましょう。そしてまた同時に、経営がブレないということは、イコール経営者がブレないということで、経営者がブレないということは、イコール自分を修養し「恒心…常に定まったぶれない正しい心」を維持できる人になって行くことが必要だと思います。
「難(かた)いかな、恒(つね)あること」(述而第七の二十五)と孔子も言うように、心の内を恒ある状態にずっと保っておくのは大変難しいことであります。リーダーであれば確固たる判断基準を持って泰然自若として、恒心の維持に努め目先の状況変化に戸惑うことなくブレることなく、冷静沈着に様々に判断・対処して行くことが非常に大切だと思います。




 

徳(德)という字は、行人偏(彳)と直と心に分解されます。「直(なお)き心で行う」ということで、一つの真実の心と言えましょう。自分が徳というふうに認識しなくても、そういう真心というものを大切に思い、他者をどうやって幸せにするかを第一に考えるということです。
また「徳は得なり」といって人間誰もが、生まれながらにして天から授けられた、人間の側からすると「得」なものとされています。全ての人に天命によって与えられている此の徳性は良心と呼んで良いと思います。人間が不朽の価値を持つためには、此の徳性すなわち良心を天の意のままに実践して行かなくてはならないのです。そのために具体的にどうすべきかについて次に触れておきます。
「あの人は立派だ」と言う時に、人は前記した徳性により認識します。認識は出来ても、自分もそのような人物になりたいと思っても、そう簡単には行かないのです。「技術は教えることができるし、習うこともできる。けれども、徳は教えることも習うこともできない」と松下幸之助さんも言われる通り、「徳を高めるコツ」など有り得ません。
所謂HOW TOものとは対照的に徳を身に付けるとは、最小の努力で最大の効果を得るといった類とは掛け離れています。徳を身に付けるのは修養に尽きるのであってコツなど有り得るはずもなく、自己向上への努力を惜しまず死ぬまで続けねばならないものです。
石田梅岩先生は「徳とは、心で会得し、それを実践すること」だとして「己の欲せざる所、人に施すこと勿(なか)れ」(衛霊公第十五の二十四)と言われています。正にその通りで、真心で知行合一的に事上磨錬し続けて行くことが何もよりも大事だと思います。




 
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