北尾吉孝日記

『瓦解する民進党』

2016年9月29日 15:55

あれだけ他人(のウソ)を批判してきていながら、自分自身の(大)ウソを指摘されると見苦しい言い逃れをするような人を代表にせざる得ない時点で、(民進党には)より悪い印象を持ちました--之は先週リツイートした日経電子版記事、『民進の印象「刷新しない」86% (クイックVote)』の中で紹介されていた30代男性の一コメントです。
蓮舫二重国籍問題」に対しては、国民的批判を受けながら民進党の中では結局、「口先だけの女性で余計にイメージが悪くなった」人を野党第一党の次期党首に本当に選んで良いのか、という議論が全くなされませんでした。
本件民進党が如何に駄目な政党かを如実に物語っていると言えましょう。「手続きが終わったら、この問題は終わり」で済むはずがありません。象徴的には此の蓮舫問題ですが、此の代表の決定という最重要な事柄にぴしっと筋を通した結論を下せぬ政党に存在価値はありません。
ともかく筋を通さないところから、何も生まれてはこないのです。蓮舫氏による支離滅裂な弁明の果てに行われた「ヘラヘラしての謝罪会見」を一つ見ていても、やはり民進党は完全に終わった政党で今後何を言っても国民から信は得られぬと再認識した次第です。
先々月末投開票された都知事後継選びでも鳥越俊太郎という全くナンセンスな候補者を「野党共闘」の名の下に選出し、然も十分体制も整備出来ないタイミングでの擁立となって自滅同然の結果を招きました。
結果は言うまでもなく『所属する自民党の支持を得られないまま出馬し、自民党推薦の増田寛也元総務相との「分裂選挙」』に挑んだ小池百合子さんが圧勝を収めたのです。投開票日の9日前にも当ブログで述べた通り、私は今回早い段階から小池さんで決まりではないかとの見立てでありました。
それは鳥越俊太郎という民進党の稚拙な選択が余りにも悪過ぎた、という意味で勝つだろうと見ていたわけです。あの時長島昭久さんを共産党との野合がため推さなかった民進党は、やはり一貫して筋の通らぬダメ政党で真に二大政党制を確立し、その一翼を担うことは不可能でしょう。
此の2ヶ月の間「小池都政」の一端をメディアで様々知るに、都民は非常に良い人を選んだのではないかと思います。「豊洲市場の盛り土問題」についても例えば橋下徹さんは、その安全性に関して問題がなければ云々かんぬんと一生懸命ツイートされているようですが、先ずフォーカスすべきはそこではありません。
最も大事な点は、きちっとしたプロセスを踏まずして誰も知らぬまま盛り土がされていなかったという事実を彼女が突き止め大っぴらにし「パンドラの箱」を開けたということです。
私に言わせれば、安全であろうがなかろうが遅れようが遅れまいが、そうした類は枝葉末節です。豊洲問題の本質を昨日の小池さんの所信表明で言うなれば、専門家の意見に基づいた決定事項がきちっと実行されていなかった都の「組織全体の体質や決定の方法」にこそ問題が見出せると思います。そうした類にメスを入れたという意味で、既に彼女は大変な功績を上げられたと言えましょう。
事程左様に小池さんは自民党を割ったとは言え、当該党には彼女のような人材が数多くいるのです。政治というものは畢竟「人を動かし、世を動かすこと」ですが、人も動かせねば世も動かし得ない人物不在の民進党は、日本の将来の為にも早々解体すべきでしょう。
もっと言うと極め付けは「民主党衰退の張本人」野田佳彦氏の幹事長就任で、ここまで来ますと私には理解不能です。嘗て胡錦濤体制から習近平体制への移行期という極めて大事な状況下、当然起こるべき事態を予測もせずに都知事ごときに振り回され、米国も反対した尖閣諸島国有化などという暴挙にあのタイミングで無神経にも出てしまった、その人こそ正に野田佳彦という政治家なのです。
先日リツイートしておいた産経ニュース記事、「蓮舫氏の二重国籍疑惑を不問に付す民進党は、国家を否定・軽視して大混乱を招いた旧民主党時代と何も変わっていない」では「民主党は、国家解体を志向する政党だった」との指摘も見られました。
「自身の国籍も、国籍の持つ意味も理解しないような人物が、堂々と自衛隊の最高指揮官である首相を目指し、周囲から疑問も異論も出ない」民進党は、最早常識の世界を超えてしまっているというのが偽らざる私の心境です。浅学菲才な私のような者には、とてもじゃないが付いて行けない、という感がします。




 

本日は日本銀行が金融政策決定会合の結果と共に「経済・物価動向や政策効果について総括的な検証」を(正午過ぎに)発表し、それから半日を経て午前3時(22日)FOMC(米連邦公開市場委員会)の結果発表およびイエレンFRB議長の記者会見が予定されています。
FRBは昨年12月FOMCで9年半ぶりに、短期金利の指標であるFF(フェデラルファンド)金利の新たな誘導目標を年0.25~0.50%に引き上げることを全会一致で決定したわけですが、本年の利上げ第二弾は悉く時々の金融経済環境により見送られてきました。今回も、例えば「金融市場は12月の利上げを有力視しており(中略)先物市場から算出する20~21日の会合での利上げ予測は、わずか15%」というデータもありますが、今月やられなければ米大統領選直前の次回11月は避け、12月会合で踏み切るかを見極めて行くことになろうかと思います。
今月2日注目を集めた8月の米雇用統計発表の後、非農業部門雇用者数が「事前予想の18万人増に対して15.1万人増にとどまった」ことを受けて、「2015年の利上げ直前の3ヵ月平均が+24.1万人でしたが、今回実質+18.0万人だったなら、これを上回りましたが、今回の結果で3ヵ月平均は+23.2万人となりました。失業率は2015年の利上げ時点が5.0%、今回4.9%・・・・微妙ですね」というツイートもありました。
ただ何れにしろ次の利上げ実施が近付いていることに違いはなく、上記統計も此の数か月を平均して見れば基調としては強いわけで、8月ひと月が若干弱かったからといった判断では最早ないのではと思われます。いつ追加利上げが決められても不思議ではありませんし、上げ幅を小さくして実施しても良い環境でしょう。先述の通り私は12月の可能性の方が高いのではとは思っていますが、来たる会合で踏み切られたとしても全く可笑しくはないとも思っています。
他方日銀はと言うと、その米国を見ながら決定内容を考えて行くのでしょうが、所謂「異次元緩和」導入より3年半、マイナス金利政策導入より半年というタイミングで、今回「総括的な検証」が為される運びです。黒田東彦総裁は「追加緩和の余地は十分ある」と発信し続けていますが、「余地は十分ある」との一貫したメッセージにも拘らず、マーケットには相手にされていないかのような状況が続いています。
我々証券業を傘下に持つ会社にとっては、これまでの金融緩和で確かにある種恩恵に与る面もありますが、翻って一国民としては、「中央銀行が年6兆円のETF(上場投資信託)買いって、本当に良い政策なの?」とか「日本のマクロ経済にとって、本当にマイナス金利って効果があるの?」とかというふうにも思います。
10年12月より開始された日銀によるETF買入は、前回7月の金融政策決定会合で従前の年3.3兆円から年6兆円への増額決定が為されました。『野村週報』16年9月5日号の記事に拠れば、日銀は「買入対象ETFの約72%を保有していると推定され(中略)現在のペースで買入を続けた場合、17年末に約80%、18年末に約90%に達すると推定され」ています。また「日銀のETF買入額から各企業の株式保有割合を推定すると、5%を超えている企業は16年7月末時点で90社に達する」ということで、こうした姿が本当に望ましいものかと考えるに、そろそろ限界を認める段階を迎えているのではないかと思います。
あるいはマイナス金利の導入にしても、黒田総裁の期待とは完全に反対の方向に作用してしまいました。為替一つを見ても「対ドルの円相場の月中平均は15年12月121.8円、今年1月も118.2円と円安を維持していたが、マイナス金利を受けて2月に1ドル=110円まで円が急騰した」のは周知の通りです。そしてその後半年を経過して、現在1ドル=101円60銭近辺という状況です。
日銀に先立つこと1年8ヶ月前、ECB(欧州中央銀行)はマイナス金利政策を開始したわけですが、日本のみならず欧州の経験も踏まえては今回、時間の経過と共に色々と明らかになりつつあるように思います。その一つは当初よりある意味予想されていたことですが、一国の経済を良くしようとした場合たとえマイナス金利を導入しようとも、全体需要を喚起するのは極めて難しいということです。
当ブログでも幾度となく指摘しているように、この人間社会には種種雑多な人間がいて様々な矛盾を内包する難解極める複雑系であり、そもそも経済というのはその中でも最も複雑なものでしょう。然も今や世界中の経済が相互に絡み合い密接不可分な状況下、世界全体での政治経済の現状あるいは将来に対する総合的な想定をベースに各国経済も動いているわけで、最早単純に割り切って一国独自の金融経済政策で方向付けることは出来ないものだということです。
「国債の大量購入は来年にも継続できなくなる」とか「結局は物価も賃金も思うような結果を得られないだろう」とか「地域金融機関はじめ金融機関各所に余りに大きなネガティブインパクトを与えている」とかと、これまでの緩和手法の限界が色々な観点より意識される中「第一の矢(金融政策)」に著しく依存してきたアベノミクスの効果に対する懐疑が益々高まってくるかもしれません。
先週金曜日、麻生太郎財務相が「今は金はあるが需要がないのははっきりしている」と言及された上で「需要を喚起するために財政政策もやらなければならない」と言われたと報じられていましたが、之は至極当然の言でありましょう。しかし先月2日閣議決定された「未来への投資を実現する経済対策」を見ますと、「事業規模は28.1兆円程度で、国・地方の歳出である真水部分は7.5兆円程度(中略)うち5.8兆円(国・地方計)は2016年度の2次補正予算で、残りは17年度以降で手当てされ」るということで、「第二の矢(財政政策)」によっては現況やらないよりはマシと考えられる程度の即効性しか期待できません。
そうなりますと残された道は「第三の矢(成長戦略)」を徹底推進して「生産性革命」を起こし、潜在成長率を押し上げる政策執行に強いコミットメントを示して行くしかありません。「ドリルで穴をあけるように規制の岩盤を崩す」という安倍晋三首相の宣言とは裏腹に12年末の政権発足以来、省庁や業界団体等が揃って強い抵抗を見せる中期待されたようには規制緩和は進んでいないと言っても過言ではありません。
その点、米国に遅れること20年、英国に遅れること10年ではありましたが思いきって株式売買手数料の自由化に踏み切る等、橋本龍太郎首相により96年11月より成し遂げられた金融制度改革「日本版ビッグバン」は高く評価されるべきでしょう。あの金融ビッグバンによって大変な効果が種々生まれたと思いますし、我国にオンライン証券業というものが新たに誕生し、オンラインの会社が様々な金融分野で創設され、インターネットの世界が着実に発展して行くことが出来たわけです。
遅きに失する感は否めませんが、漸く「株の信用取引、夜間も 17年にも証取外で解禁」となるは大いに結構なことです。当該問題は4年以上も前から当ブログで指摘し続けてきたものであり、その改革スピードの遅々たるや当局は大いに反省すべきです。ここへきてインターネットの登場と同じ位大きく、新しい技術的な進化が次々と開花してきています。ブロックチェーンやAIあるいはビッグデータやIoT等が、その代表例として挙げられましょう。
今後こうしたテクノロジーが金融業界でどんどん利用されるように、新しいタイプの金融機関やフィンテック・カンパニーが次々登場してくるようにして行かねばなりません。次から次へとフィンテック・ベンチャーが出てきたところで、既存の金融機関がそれを使わなかったらば、小さく終わってしまうだけです。ですから之を金融機関に使わせるべく今正に、第二の金融ビッグバンと言われる位の大幅な規制緩和が必要なのです。
黒田日銀の「金融政策限界論」の是非は兎も角として日本は此の第二の金融ビッグバンを筆頭に、あらゆる業界でビッグバンを起こし自由競争をとことん促して行かねばなりません。農業分野を例に述べれば、来週月曜日召集の臨時国会での批准を目指すTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)につき、米国議会では「与野党ともに反対論は根強く、承認のめどは立って」おらず、昨日行われた安倍首相と次期米大統領候補ヒラリー・クリントン前国務長官の会談でも「TPPでは意見分かれる」との報道でした。
TPP『発効は全参加国の批准から60日後が原則だが、署名から2年たてば「域内GDPの85%以上を占める6カ国以上」の批准の60日後に発効』するもので、日米のGDP夫々は17.7%・60.4%ですから「いずれの場合も日米の批准が不可欠」になります。本件TPP発効となろうがなるまいが、どちらに転んでも日本は農業革命を徹底して遂行すべきです。
大体が現況は日本国憲法をはじめ「農地法」(法令番号:昭和二十七年七月十五日法律第二百二十九号)や「漁業法」(法令番号:昭和二十四年十二月十五日法律第二百六十七号)等々と、戦後数年以内に作られたような時代錯誤で生産性上昇の障害となっている法律が未だ多分野で適用され続けているのです。此の農地法こそ正に日本農業の近代化を遅らせた戦犯であって、之を早急に廃止し農業分野の生産性を飛躍させるよう環境整備が求められます。
こうして各業界に対する苦言を呈し始めたらば、キリがありません。何れにしても今「総括検証」通過というタイミングで私が特に強く思うのは、潜在成長率の上昇を齎すべく現在の法体系を抜本的に見直して、不要極まりない規制の遺物を全て一掃して行く必要性があるのではないかということです。




 

『好きになる努力とは?』

2016年9月14日 16:45

『致知』の2012年10月号に、稲盛和夫さんと白鵬翔さんの対談記事「心を高め、運命を伸ばす」があります。その中に、稲盛さんの次の言葉が載っています--ボロ会社で給料が遅配する会社、本当なら好きになれない。でも、好きになる努力をしたんです。そこから私の運命は変わったと思います。
私の場合、会社が「好きになれない」とか「好きになる努力をした」とかというよりも野村證券時代、「こういう会社にはしたくない」と思うところが幾つもありました。今から42年前に私は、その業界のトップカンパニーである野村證券に入社し、そこで21年間働きました。その中で何を強く感じたかと言えば、野村もやはり大企業病に陥っていたということです。
例えばボーナスが出たり本給通知書を貰ったりすると「北尾は幾ら貰った?」と電話を掛けてくる同期がいましたし、あるいは「俺は課長になったけど、あいつは未だ課長代理だ」などと言う同期がいました。そして更には、その同期同士が足を引っ張り合うという様なのです。
野村證券は当時、同期300人の大卒の中で何人が一選抜で課長になれるのか、その内次長になれるのは何人か、生き残りの中で一選抜で部長になれるのは何人かというような競争社会でした。ではそれが純粋な競争かと言えば、上司に少し気に入られたとか、上司と馬が合ったとか、同じ職場で苦労を共にしたとかと、どの役員の押しがあるとかいった程度のもので、必ずしも本当の実績が反映されているとは言えないものでした。
私は課長ぐらいの時、当時の経営幹部の何人かから「次期次期社長は君だ」と告げられました。そのこと自体には、私は恬淡としていました。唯そのように言われた御蔭で私は「自分が社長になったら此のグループをどう変えて行こう」とか、「今まで自分が経験した中で此のグループにはどういう問題点があったのか」とか、「本当に皆が働き易い職場環境を作ってやろう」というよう常に考えるようなりました。
そして「詰まらぬ事で内向きのエネルギーばかりになって、御客様や取引先に対する外向きのエネルギーが減じられるような会社にはしてはいけない。全体として与えられた方向性をどう具現化して行くかという中で、社員夫々が自分の持てる限りの力で一生懸命努力する集団を作ろう」と強く思っていました。そういう意味では反面教師に対するように、野村證券という会社の中を見ていたわけです。
その後SBIグループを形成し今日に至るわけですが、創業後17年以上を経て会社らしくなってきている反面、常に大企業病のリスクを背負っている状況です。社内の詰まらぬ出世競争や派閥抗争の類を排し、内向きのエネルギーが外向きのそれよりも大きくなるのを如何に防いで行くかは非常に大事だと強く思い続けています。
冒頭ご紹介の稲盛さんも恐らく、従業員皆が後々喜ぶ会社にして行くにどうすべきか、という中で実際経営の任に当たられてからは、そういう形で様々変えて行かれたのだろうと思います。「好きになる努力とは、今日よりは明日、明日よりは明後日と、次から次へと創意工夫を重ねていくこと」だと、稲盛さんは言われています。私が思うに、サラリーマンから出発した創業経営者はサラリーマン時代にある種の反面教師を得ながらその中で苦労し、修養しより良い集団や組織を自らが創業した会社で作り上げようと努力して行くということではないでしょうか。




 
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