北尾吉孝日記

『習慣というもの』

2019年8月21日 16:20

BUSINESS INSIDER JAPANに「成功者、11の習慣」(19年6月9日)と題された記事があり、「感情をコントロールする」「読書が好き」「1人の時間を大切にする」等々と並んで「ルーティンにこだわる」ということが挙げられています。そこでは、『成功者は「決まったルーティンや儀式が毎日の始まりと終わりにある」と指摘』されています。
此のルーティンということで私の場合は、いつもマーケットから出発しています。寝る前に必ず欧米の金利・為替・株式・債券等々のマーケットはどうなっているかとチェックをし、起きて直ぐにそれらの相場がどうなったのかを確認します。その上でマーケットが大きく動いたとしたら、そこに如何なる事情・背景があり、一時的なものかどうかを探るわけです。之は、相場に生きる人間にとって必須だと思っています。
このようにして私は1974年に野村證券に入社して以来今日まで、過去45年に亘り上記の世界中のマーケットを見続けることを一つのルーティンにしてきました。之は、数多くの種々の金融業に身を置く者として相場がどういうふうに動いているのかに関し常に自分なりの主体的な判断を持たねばならない、との思いからやってきたのです。
但し、ルーティンと習慣とでは、少し違うような気がします。どちらかと言うと、ルーティンというのは良い悪いは別にして、やらねばならないとして毎日やるべきを機械的に熟(こな)す、といった類です。他方で習慣というのは、良い習慣と悪い習慣とがあると思います。
例えば、寝る前に酒を飲むとか、起きたら直ぐに煙草一服、といった習慣は健康上も余り良いとは言えず、悪い習慣に入りましょう。逆に良い習慣とは、例えば、常日頃から精神の糧になるような読書をし、その中で得た事柄を自分の今日の生活に如何に活かして行くかと考えること等であります。
あるいは、寝る前に自分の今日一日を振り返って見て反省する、というのも良い習慣の一つだと思います。人間としての生き方に問題はなかったか?とか、今日一日ベストを尽くしたか?…Have I done my best?、といった形で自らに問うて反省するのです。そしてまた、朝起きて活動を始めるに当たり、今日こそベストを尽くそう!…I’ll do my best!、といった具合に考えることはあっても良いように思います。こうした類を習慣にしている人は、人物も出来てくるものです。
『論語』の中にも「教えありて類(たぐい)なし」(衛霊公第十五の三十九)、あるいは「性(せい)、相(あい)近し。習えば、相遠し」(陽貨第十七の二)という孔子の言があります。前者は「人間には、教育による違いはあるが、生まれつきの違いはない」といった意味で、しっかりと学ぶことを怠らなければ、誰でも立派な人物になれるということです。また後者も似たような言葉で、「生まれた時は誰でも似たり寄ったりで、そんなに大きな差はない。その後の習慣や学習の違いによって、大きな差が出てくるのだ」といった意味になります。これ正に、孔子の言う通りだと私も思っています。




 

『地頭というもの』

2019年8月14日 15:05

8年も前になりますが、私は「the Entrepreneur」という起業家インタビューのサイト向けに、次のように話したことがあります--僕は慶應義塾大学出身ですが、幼稚舎から慶應にいるような人達は受験勉強をやってないからか学校で学ぶような知識レベルはそう高くはないが、地頭がいいことが多いと感じました。天賦の才、また家庭や学校での教育環境はかなり本人の知識レベルや思考力に影響があると思うんです。
国語辞書を見ますと、此の地頭とは「大学などでの教育で与えられたのでない、その人本来の頭のよさ。一般に知識の多寡でなく、論理的思考力やコミュニケーション能力などをいう」と書かれています。あるいは、例えば「NAVER まとめ」に「地頭力とは何のこと?」というのがあります。そこでは地頭力の定義として、「仕事を深堀していく能力のこと」、「問題解決に必要となる考え方のベースとなる能力」、「素手で考える力。知識も方法論もあらゆる引きを持たずにゼロベースで考える力のこと」等が挙げられています。
私自身は地頭の良し悪しとは基本、気が利くか否かを指しているのではないかと考えます。の各部位には、記憶を司る側頭葉やイノベーションを齎すとされる頭頂葉および前頭葉等々、色々な役割があるわけですが、世間一般で言う地頭力が高いとは、物分かりが早く様々な事柄に気転が利いたりすることを言うのだと思います。
此の地頭の良い人の特長として、あるブログ記事(18年2月13日)では、「同じ情報に接していても、そうでない人に比べて、そこから読み取ることができる情報が桁違いに多い」とか、「一を聞いて十を知る」ということが挙げられています。そして『「自分の好きなものをつきつめること」に、「地頭を鍛える」ことの鍵が隠されているのかもしれない』との言葉で結ばれています。
先ず前者の一を聞いて十を知るとは、幾ら地頭が良くても少し無理があるかもしれません。『論語』の「公冶長(こうやちょう)第五の九」にも、学を好む「回(かい:顔回)や一を聞きて以て十を知る。賜(し:子貢)や一を聞きて以て二を知る」という子貢の言があります。之に対し孔子は謙遜して「吾(われ)と女(なんじ)と如(し)かざるなり…私もお前と同様に及ばないよ!」と応じるわけですが、やはり日頃から色々な知識を得それだけのバックグラウンドを持って鍛えてないと難しい部分があるでしょう。
他方後者に関し、地頭を鍛える上で自分の好きなものを突き詰めて行くことは有り得ると思います。『論語』の「雍也(ようや)第六の二十」に、「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という孔子のがあります。一つの事柄に集中し楽しんで突き進んで行けたならば、それが何事であっても地頭を鍛えることに繋がりもするでしょう。これ即ち、一芸に秀ずれば結果として万芸に秀ずる、のです。




 

『骨というもの』

2019年8月7日 17:55

先月8日SBIグループ創業20周年記念事業が終わり、やっとほっとしたところで、今度は94歳になる母親が自宅で転(こ)けて膝を骨折しました。痛みが尋常でないと思いましたが、当日は日曜日でしたから、翌朝すぐにMRIを撮って貰いました。結果として膝のお皿の部分の縦割れが明らかになったわけですが、私は「横割れだと長く掛かるなぁ、歩けなくなるかなぁ」と思っていたもので、縦割れと聞いて少し安心しました。そして直ぐその日の内に東京女子医大に入院させて、先週末骨がついて退院してきました。
此の骨というものは、人間の身体において大変重要な部分ですが、少し構わなさ過ぎるのではないかと思います。胃が痛い・頭が痛いとなれば結構痛みがありますから、我々は直ぐ医者に行ったり薬を飲んだりします。
他方、骨については折れた・肉腫が発生したといった状況下はじめて感じて行くわけで、中々普通に骨密度をチェックするということでありません(最近では人間ドックでも大分チェックする人も多くはなりましたが…)。取り分け女性の場合、閉経後カルシウムが大幅に不足して骨が弱くなり、ハチノスのように骨粗鬆症(こつそしょうしょう)を患っている人が沢山います。そうしますと転けただけで(転けなくても自然骨折もあります)、運が悪ければ2度と歩けなくなり車椅子生活の中で全体的にその身体を弱くして行くことにもなるのです。
従って我々は骨を丈夫にすべく、あらゆる事柄に注意して行かねばなりませんが、先ずは基本的な知識を得ることからでないかと思います。カルシウムを取る・ビタミンDを取るといったことは、言うまでもなく大事です。あるいは、関西と東京で比較すると納豆を食べない関西の方が骨折する人が多いわけで、ナットウキナーゼを飲む・納豆を食べるといったこともあっても良いのではないでしょうか。
また、骨粗鬆症に対する様々な薬なども出ていますが、余り之に頼りますと腎臓に副作用があったりしますから気を付けねばなりません。中国では「医食同源」ということで、伝統的に医(健康維持管理)と食(食べ物)を密接に関連付けてきました。正に医食同源できちっと骨を丈夫にし、ちょっと転けた位で折れなくするよう、我々は食の上で、色々な知恵を身に付けて行く必要があろうかと思います。
最後にもう一つ、骨について序(つい)でに申し上げます。私が私淑する明治の知の巨人・安岡正篤先生は『「人物」とは?』ということで議論されており、人物であるための条件に『1.「骨力」に富んでいること』『2.「理想」や「志」を持つこと』『3.「胆識」を備えること』として、第一に骨力(こつりょく)に富んでいることを挙げておられます。
此の骨力とは平たく言えば「元気」であり、骨力から気力・活力・性命力が生み出されます。そうして骨力が気力を生み、次第に精神的に発達すると生きる上での目標・目的となる「志気」「理想」を持つようになるわけです。此の辺りの話については嘗てのブログ『人物の最も大事な徳』(18年4月27日)あるいは先月24日の講演でも触れたもので、該当スライドを添付しておきます。御興味のある方は、是非ご覧頂ければと思います。




 


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