北尾吉孝日記

『慈母に敗子あり』

2019年10月17日 16:35

日本経済新聞に先々月25日、『すぐ怒る自分を変えたい 講座に年24万人、6年で29倍-トラブル防ぐ「アンガーマネジメント」』と題された記事が載っていました。当該講座では、『1970年代に犯罪者の更生プログラムとして米国で生まれた心理トレーニングを活用し、怒りのメカニズムを学び「許せる範囲」を広げる訓練を重ね』たりしているようです。
王陽明の言、「天下の事、万変と雖(いえど)も吾が之に応ずる所以(ゆえん)は喜怒哀楽の四者を出でず」の中にも「怒」が含まれているように、怒りという感情を持った動物として天は人間を創りたもうたのです。故に、之を消失することはある意味で不可能だと私は思います。
ですから、怒る時には下らない事柄で怒るのではなくて、社会正義に照らし正しいかどうかを判断基準として、常に抑えるべきところは抑え、真に怒るべきところに怒らねばなりません。しかしながら最近の世の風潮を見ていますと、余りにも詰まらない対象に対して此の感情を剥き出しにしている、といったケースが多数見受けられます。
それは例えば、『あおり運転を含む道路交通法違反の「車間距離不保持」の摘発件数は1万3025件(18年)で前年の約1.8倍』ということで、今年に入っては常磐自動車道での宮崎文夫容疑者による一連の言行が象徴的だと思います。之は、怒る必要が全くない時にも拘らず訳も分からず直情で激昂しているものであって、私は、自分を律する・自分を抑える自制心が著しく欠如しているのではないかとの印象を受けています。
では、何故に自制心が働かず直ぐに怒りの感情を吐露するようになってきたかと考えますと、今月3日のブログ同様これまた教育の問題に行き当たります。要するに、きちっとした自制心を育むような親の躾(しつけ)なり学校教育が為されていない、即ち、我儘(わがまま)になっているのではないでしょうか。
とは漢字で書くと、身を美しくするという形ですが、之は必ずしも外見上のことではなくて、内面的な美しさを持たせるようして行くものであります。ところが我国では戦後不幸にも長年に渡って、家庭・学校をはじめ社会全体で上記のように子供を躾け育てて行くような状況ではなかったのです。そして子供の時から我儘放大に育てられた結果として、自分の思うことが思う通りに出来なかったら直ぐに周りに対し怒りの感情を吐露するようになっているのではないか、と私は見ています。
『韓非子』に、「厳家に悍虜(かんりょ)なく、慈母に敗子あり…厳しい家庭になまけものの召使いはいないし、過保護な家庭には親不孝者が育つ」という言葉があります。学校での試験の点数さえ良かったら「いい子」になってしまう成育環境こそが、今日の「敗子」を生んできているのではないでしょうか。我々は先ず第一に、子供達の自制心を育んで行く場に道徳教育を加えなければ、何時まで経っても此の社会は中々良くならない、と思います。




 

御承知のように先週は、「米ネット証券最大手シュワブ、株取引の手数料を無料に」(日本経済新聞)とか、「Eトレードも手数料撤廃-米証券業界、競争激化で合併観測強まる公算」(ブルームバーグ)等々のニュースがありました。
先月26日インタラクティブ・ブローカーズ・グループが米国株等の売買手数料ゼロ化を発表したのに対し、今月に入っては先ず1日にチャールズ・シュワブが手数料のゼロ化を発表、2日迄にTDアメリトレード・ホールディングやEトレード・フィナンシャルも追随したのです。
要するに之は、14年12月ロビンフッドが画期的な株式取引用アプリをローンチしたのを皮切りに、本格的に売買手数料無料化の動きが米国で起こり始めたということです。上記挙げた米オンライン証券各社の如くリテールマーケットを支配するような所が、どんどんと手数料のゼロ化に踏み切っているわけです。
翻って我が日本においても実は、先月3日に私が「自己進化と共創による未来の創造」と題して行ったスピーチの中で、「SBIネオモバイル証券を中心としたネオ証券化の推進」の旨を語りました。此のネオ証券化とは、「売買手数料や、現在投資家が負担している一部費用の無料化を図る」ということです。
創業から今日までSBI証券に大きな飛躍を齎した主因は、オンラインの同業他社と比して圧倒的に安い手数料でありました。そして今度は本格的にそれを極限値、即ちゼロまで持って行こうとしており、着々とその為の準備をしてきています(添付スライド参照)。
私どもは手数料ゼロであっても、色々なやり方で十分な収益力を確保出来ると考えています。その一つに、売り買いのオーダーをマッチングさせスプレッドを稼いで行くプラットフォームビジネスが挙げられます。また信用取引の量を増やして金利収入を増やすとか、あるいは貸株をやるといった具合に様々を想定しています。
または、リテールオンリーであった我々がホールセールを次々強化し始めた理由も、此の手数料ゼロ化をカバーする収益源として徹底的に育てようとしたからに他なりません。略それに関しても目処が立ってきたということで、大胆な戦略を来年度ぐらいにも打てるものと見ています。
私どものネオ証券化構想が具現化する時、顧客数が膨大に増える可能性があります。ですから、サーバー等々システム関係の投資もしておくよう指令を出し、之も既に動き出しています。




 

『良知を致す』

2019年10月3日 19:15

今年6月フェイスブックに投稿した『偉大なるかな二宮尊徳』に対し、武本様と言われる方から「北尾様にお願い。荒廃した人間性を正すために、教育を始め、立法、司法、行政の大改革[令和の改革]を立案・提唱していただけませんか?」とのコメントを頂きましたので、本ブログにて私が思うところを簡潔に申し上げたいと思います。
最近の社会現象を見ていて私が非常にショックなのは、実の親が自分の子供を虐待し時として死に至らしめるとか、あるいは前の夫との間にもうけた子に対する再婚相手の虐待を母親が止められない、といった痛ましいケースが相次いでいることです。先月17日母親に懲役8年の実刑判決が下された所謂「船戸結愛(ゆあ)ちゃん虐待死事件」もそうですが、幼児の命が虐待で奪われて行くなどという惨劇を見ていますと、私自身憤りを覚えると共に「本当に何故こんなことが…」と強く思います。
結論から申し上げれば、之は非常に複雑かつ相当根深い問題であるが故、やはり第一には色々な意味で現行教育の抜本改革を施して行かねばらないと考えます。そしてその場合、単に親の在り方だけではなく、更に隣近所を含めた一つの共同体の在り方としても捉える必要があるようにも思います。人口減少社会の此の日本で、周りの人でも助けてやろうというような意識が希薄な現況は如何なものかと思います。
例えば、痩せた子供がちゃんと洋服も着ないで夜売店で御菓子をずっと見ていたとしたら、昔なら「きっと腹が空いているんだろう…」と心配し、少しでも何かを食べさせて栄養を取らせようとするでしょう。しかし今世の中を見ていますと、そうしたことに著しく疎く余りに冷たくなっているのではないか、という気がします。もう少し周りの人・社会全体で温かい態勢が取れるよう、早急に様々を見直して行かねばなりません。
昔であれば向こう三軒両隣と言って、皆が結構助け合いをしていたものです。また核家族化の進展の下、近所付き合いも段々と消失したりしています。シビアな現実として、子育て経験に乏しい母親が一人悶々としながら泣いている子供の世話を十分仕切らずにノイローゼになる、といったケースも沢山生じているわけです。こうした問題に対して、社会が本気になって取り組んで行かなければならないと思います。こうしたことも、根本的には教育改革に対する取り組みに他なりません。そしてその教育の基本は、一言で言えば「致良知…良知を致す」ということであります。
明治の知の巨人・安岡正篤先生は『東洋倫理概論』の中で、「天稟(てんぴん)の明徳を明らかにし、人間の進むべき道について学ばねばならぬ」と述べられています。天稟とは、人間が生まれ持った才能や性質です。明徳とは『大学』に出てくる言葉で、良知すなわち善悪の判断を誤らない正しい知恵を指して言います。人間生まれながらに持っている明徳を明らかにし、人間の進むべき正しい道を学ぼうというような教育を施さない限り、上記の問題は一向に減らない許(ばか)りか益々増えて行くことになるでしょう。
例えば今、「児相がきちっと対応できていたら、こうはならなかったのに…」と思われる事件が起きています。私に言わせれば之は、児童相談所に勤めている人が十分な良知を致していない、ということだと非常に問題視しています。私は、令和の大改革に挙げられるべき筆頭は道徳教育ではないか、という気がしてなりません。最近の社会現象は、余りにも酷過ぎます。




 


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