北尾吉孝日記


昨日「ワクチン接種2回完了、人口の5割超に 高齢者9割迫る」というニュースがありました。私どもSBIグループでは6月21日より、約12000名への接種に取り組み、2回目辞退者が135名おりましたが、ほぼ予定通りやり遂げました。
その後、2週間以上経過した2回目完了者3998名に対し、抗体検査を実施しました。陰性者131名(男89名、女42名)と、3.28%(男3.44%、女2.97%)が抗体獲得に失敗していました。此の陰性者の出現比率3.28%は、接種後の経過期間が長い程また年代が上がるに連れて増加傾向にありました。
あるいは、一度コロナに罹った人はワクチン接種の1回目で、感染歴なしの2回目完了者以上に極めて強い抗体が確認されました。その他上記詳細等は、添付スライドを御確認頂ければと思います。
本分析を巡る結論としては、第一に、抗体検査の陰性者に対し3回目のワクチン接種を行う必要があるのではないかということです。それでも抗体が出来なければ、その人はコロナウイルスに対して体質的に強い人かもしれません。第二に、抗体レベルは漸減することから、3回目接種の必要性を改めて認識しました。
第三に、ワクチンを打つ前に抗原検査も行うべきとの印象を持っています。無症状だからと打ったらばコロナに既に罹っていたということで、ワクチンを打つことで却って重症化する可能性があると認識しているからです。従って今後は問診のみならず、やはり抗原検査も実施すべきだと考えます。
以上は、私どもSBIグループの関連病院である東京国際クリニックの高橋院長らの御協力を得て作成したものです。情報という意味で何かの御参考になれば幸甚です。




 

この度菅総理は小生が察するに余りある苦渋のご決断をされたように拝察しています。
菅総理は、歴代総理の中で最も仕事師であると言っても過言でなく、総理になられて直ぐ学術会議の改革に向けた動きから始まり、前内閣から積み残しとなり誰もが手を付けられなかった福島第1原発の処理水の海洋放出の決定、あるいは日本のITの遅れを取り戻すためのデジタル庁の創設、そしてこのコロナ禍でのオリンピック・パラリンピックの遂行、その他に50年脱炭素目標の表明、携帯料金値下げに向けた「アクション・プラン」の公表、不妊治療への保険適用拡大の閣議決定、気候変動サミットでの30年目標の表明と、一年という短い期間に実に数多くの重要な政策案件を手がけられ、どれひとつとっても簡単ではないご決断をされてこられました。総理在任期間は短いですが、仕事は極めて重要かつ大なるものであると考えています。
新型コロナの対応は、後手後手とマスコミは煽っていましたが、状況を知る者はそのようには考えておりませんでした。ワクチン接種が先進諸国に比べて2か月遅れたのは、政府のディシジョンの遅れというよりも、我が国の薬やワクチンの承認制度の問題であり、また、安倍前内閣から引き継いだ指定感染症二類の枠の中で行わなければならないという桎梏(しっこく)をはめられたわけですから、誰がやっても大変で難しい仕事だったと思います。しかし、その中で総理のリーダーシップのもとワクチン接種率は急激に高まり、欧米先進国並みの状況へと突き進んでいます。マスコミがコミュニケーション不足とか自分の言葉で説明しないとか盛んに批判しておりますが、小生は「巧言令色」より「剛毅木訥」が余程良いと思います。
数々の成果を上げてこられた総理がこのような結果になったことは小生として大変残念ですが、しかし菅総理がおやりになったことは、心ある人の記憶に深く残ることだと思います。コロナ禍で様々な問題点が浮き彫りになり、今後はこれら問題点を是正するような方向で次の総理の下で、動いていくことを期待します。
今回のことで小生がたったひとつ良かったと思うことは、菅さんが総理をお続けになられていたら健康を害することにならないかと心配していましたので、総理の仕事から解放され、次に向かって英気を養われるそのような時間ができるということであります。




 

『一目置かれる人』

2021年9月2日 17:20

『仕事の迷いにはすべて「論語」が答えてくれる』(拙著)第1章「(5)なぜ今を精いっぱい生きることが大切なのか」の「社会人になってからの十年、十五年で大きな差がつく」で、私は次のように述べました――四十歳までをしっかり生き切ることができれば、どんな人でも職場の同僚や取引先から一目置かれる人物になることができると思っている。孔子は『論語』の中で、「教えありて類(たぐい)なし」と言っている。あるいは「性、相(あ)い近し。習えば、相い遠し」とも述べている。(中略)私も、孔子の言う通りだと思う。
前者は「人間には、教育による違いはあるが、生まれつきの違いはない」といった意味で、また後者も似たような言葉で、「生まれた時は誰でも似たり寄ったりで、そんなに大きな差はない。その後の習慣や学習の違いによって、大きな差が出てくるのだ」といった意味になります。社会人として働き始めた当初は、未だ団栗(どんぐり)の背比べ状態と言えましょう。ところが10年、15年と社会人生活を続ける内に、少しずつ差が出てきます。そしてそれは40歳を迎える時、追い付けない程の大きな差となって現れるものです。ですから、誰もが一目置く人物になる為に、40歳までが勝負の期間と心得ておくべきだということです。
また、ひと月半程前に私は『天は自ら助くる者を助く』と題したブログで、次の通り述べました――何らかの言動やアクションが時代の先を行き過ぎたらば世に狂人扱いされないまでも、誰も相手にしてくれない・誰も分かってくれないといった状況になりがちでしょう。そして何時の間にやら、その人の支援者が誰もいなくなるといったことにもなり得ます。他方で人に分かって貰える場合もあります。
一目置かれる人というのは、その言動が的を射ていると沢山の人が認めます。上記のように一時代言動に一時的なずれが生じたとしても、それが現実のものとなった時必ず何処かの時点で再評価されて行くのだろうと思います。また全くの言行不一致を繰り返す人、一言で言えば「言うだけ番長…言葉ばかりで結果が伴わない人」の類は対象外でしょう。自らの言をきちっとやり抜くからこそ、人物だと大勢が認めるようにもなるわけです。
何れにせよ、自分自身を磨くということを怠り権力欲・金銭欲・物欲等々と欲にまみれてしまった人、それもある程度年齢を重ねた上で私利私欲の海の中にどっぷりつかりきってしまった人が、一目置かれることはありえません。
やはり、他を利するという気持ちを終始一貫して持ち、衆人が最終「あの人は中々立派な人だ」と思えるような状況でなければ駄目だと思います。常に自身の言動を自らで厳しく律し、誠心誠意「世のため人のため」尽くそうと全力投球してやり遂げる人物こそが、多くの人に一目置かれるのではないでしょうか。




 
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