北尾吉孝日記

『物事の捉え方』

2019年4月24日 17:55

今月10日、「これまで見ることができないとされてきたブラックホールの撮影に成功したと、世界各国の科学者が発表」しました。之は、「アルベルト・アインシュタイン(1879年-1955年)が1915年に提唱した一般相対性理論を強く裏付けるとともに、新たな時代を切り開く成果だ」と報じられています。
ドナルド・トランプ米国大統領の6年程前のツイートに、此のアインシュタインの言葉とされる「The difference between stupidity and genius is that genius has its limits.」というのがあります。之が如何なる脈絡の中で発せられたものか分かりませんが、日本語に訳せば「愚かさと天才との差は、天才は限界(limits)を知っている」といった意味になりましょう。
現代の科学技術の発展は、古代から今日までの積み重ねです。重力を例に考えてみても、アイザック・ニュートン(1642年-1727年)の万有引力の法則が説明していた時代もあれば、冒頭のアインシュタインの一般相対性理論がそれに代わって行く時代もありました。
あるいは、古代・中世の宇宙観である地球中心説「天動説」という一つの常識に対して、「地動説」という非常識的な太陽中心説を主張したガリレオ・ガリレイ(1564年-1642年)が、「宗教裁判でその説を撤回させられたときに、つぶやいた」とされる「それでも地球は動いている」という言葉は、正にコペルニクス的転回でありました。
こうして人間の知識レベルと共に嘗ての常識が非常識といった形で塗り替えられ、そこに一つの新しい法則が発見されてきたのです。その過程で、ある時点では「天才」が物を言ったとしても馬鹿にされ、狂人として扱われるようにもなるわけです。
私は以前ある雑誌の取材で、「時代が変われば、非常識が常識に、不可能が可能に変わることがあります。時代に合わせて、柔軟に考えることが必要です」と話したことがあります。ある一時点では限界と見做されるかもしれない事柄も、上記の如く長い歴史の中で見たら本当に限界と言えないかもしれません。
例えば、先に述べたニュートンの万有引力の法則自体も、ある意味時代的な局面における大変な成果であって、次の進歩を齎す上で不可欠な進化でありました。ですからアインシュタイン的に考えれば、当該法則は実は、その時代の極限にまで達しており、その極限は次の時代に導くもので、その過程で見るとそれは限界(limits)となるのでしょう。
尤も私流に解釈すれば、「天才は人類を次代へと移すかもしれない大きな第一歩を知っており、そこを起点にして全く異次元の社会常識が訪れてくる可能性がある」といった表現になります。このように、どの時点・どの範囲・どの方向で物を捉えるかにより、その内容は著しく違ってくるということです。




 

『依頼心を無くす』

2019年4月18日 18:10

『論語』の「陽貨第十七の十九」に、「予(われ)言うこと無からんと欲す…私はもう何も言いたくはない」という孔子の言に対し、高弟の子貢(しこう)が「子(し)如(も)し言わずんば、則(すなわ)ち小子(しょうし)何をか述べん…先生がもし何も言われなかったら、私たちは何を言い伝えていったらよいのでしょうか?」と応じる場面があります。
すると孔子は、「天何をか言うや。四時(しじ)行われ、百物(ひゃくぶつ)生ず。天何をか言うや…天は何を語ろうか?四季はこれまで通り巡り、万物はこれまで通り成長する。天は何を語ろうか?」と答えるのです。孔子は自らが何かを言う・言わないといった類は関係なく、子貢自身で主体性を持って勉強し、そこから主体的に学んで行くことをもっと増やしなさいと述べているわけです。
上記は、お釈迦様が死ぬ間際に行われた愛弟子アーナンダとのやり取りに似通っていると思います。それは、「もし釈尊が亡くなられたら、いったい何を頼りに生きていけばよいのでしょう」とのアーナンダの問いに対し、お釈迦様が「これからは、みずからを島とし、法(ダルマ)を島とせよ」と語ったとされるものです。
此の島というのは、『不動のもののたとえであるが、漢訳経典では「灯明」と訳され、「自灯明(じとうみょう)・法灯明(ほうとうみょう)」の教えとして知られ』ています。お釈迦様は自らの言葉を全て頼りに生きて行くのではなく、アーナンダ自身また(…仏の教えを示した真実のことば)を灯火(ともしび)とし、拠り所として生きて行きなさいと述べているわけです。
何でも彼んでも師に尋ねていたら、良いというものでもありません。例えば『論語』の「述而第七の八」に、発奮あるいは啓発の語源となった次の孔子のがあります--憤せずんば啓せず。悱(ひ)せずんば発せず。一隅を挙げてこれに示し、三隅を以て反(かえ)らざれば、則ち復(ま)たせざるなり。
「学びたいという気持ちがじゅくじゅくと熟して盛り上がってくるようでなければ指導はしない」、「今にも答えが出そうなのだけれど中々出ずに口籠っているようなギリギリの所にまで来なければ教えない」、「一隅を取り上げて示したら残りの三つの隅がピンとこなければ駄目だ」、というのが孔子の教え方であるわけです。
『論語』を読んでいますと孔子は、実際そこまで厳しくはなかったのではとも思われますが、門弟達の自発的に学ぼうとする意欲を大事にし、高めてやろうとしていた気持ちがよく伝わってきます。冒頭の子貢に対する孔子の言、「予言うこと無からんと欲す」「天何をか言うや」も同じ気持ちで述べられたものだと思います。




 

『縁を生かす』

2019年4月11日 16:20

プレジデントオンラインに先々月末、『「幸運な出会い」に恵まれる人の思考習慣』と題された記事がありました。一企業経営者である筆者自身が「なぜ出会いに恵まれるのか?」を考えるに、「相手の地位や肩書き、業種の違いに関係なく、思ったことを率直に伝え学んできたことが、沢山の出会いの連鎖に繋がったのではないか」とのことであります。
「縁尋機妙:えんじんきみょう」とは、仏教にある言葉です。縁が縁を尋ね、その発展の仕方は非常に不思議であるということです。良縁に巡り合うと得てして良縁に結び付きますから、次から次に良縁が巡ってくる場合、例えば「運が良かった」となって行くのでしょう。
嘗てのブログ『運とは何か~多逢聖因・縁尋機妙~』(14年1月14日)でも述べた通り、運というのは味方に付けるとか無駄遣いしないといったものでなく、そうした機妙な状況を主体的に創り上げねばならないものです。その意味で言うと、運とは常に自分が主体的立場に立ち与えられたチャンスをどう生かすかということであり、良き全てに出会う結果として運も良くなり様々な事柄が進展して行くわけです。
出会いというのは明治の知の巨人・森信三先生が言われるように、「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」といった形で、あるのだろうと私は思っています。但し、その人が日頃より一生懸命考え真剣に自分の為すべきを為し生きていないとしたら、折角の縁がやってきても気付かなかったり、その縁を逃したりすることでしょう。
小才は縁に出会って縁に気づかず。中才は縁に気づいて縁を生(活)かさず。大才は袖振り合う縁をも生(活)かす――BSフジの番組「この国の行く末2~テクノロジーの進化とオープンイノベーション~」(毎週土曜18時~18時30分)の先日の収録時、私は柳生新陰流・柳生家家訓にある此の言葉で締め括りました。
世の中には縁があるにも拘らず縁を生かせない人、縁に気付かない人が沢山いる一方で、「袖振り合うも多生の縁(=擦り合うも、触れ合うも、触り合うも)」と言いますが、僅かな縁をも生かせる人もいます。柳生家では小・中・大の才と絡める中で、縁を生かす為の条件が考えられているわけです。
私として縁が結ばれるのは単に才の有無の問題でなく、その人が有する人間力が大きく影響するのではないかと思っています。縁というのは己に見合ったレベルの中で得られるものですから、良縁を呼び込みたいと思えば、自分が日々社会生活で事上磨錬し人間力のレベルを上げて行くしかありません。
そして、縁を逃がさず生かして行くには、素直さが先ず大事になります。勿論、良縁と悪縁を峻別することも大切ですが、結局、自ら私利私欲を排し素直な気持ちを持つことが良き縁に恵まれる第一歩だと思います。




 


Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.