北尾吉孝日記

『大道廃れて仁義あり』

2020年5月27日 15:20

私は、この世に完璧な人間は一人もおらず、己を含め、未完成の集合体だと思っております。どの相手に対しても、リスペクトを持ち、接しております。度を超えた無礼者が現れたならば、立ち向かうと思いますが、その前に異変を感じ、近づきません――之は昨年10月フェイスブックに投稿した『慈母に敗子あり』に対し、宮腰様と言われる方から頂いたコメントです。
同様の主張として、一年程前テレビドラマ化された『頭に来てもアホとは戦うな!』の著者、田村耕太郎さん(元参議院議員)のがあります。アホを「あなたの時間・エネルギー・タイミングを奪う、不愉快で理不尽な人」と定義され、「そんな人間は放っておけばいいのだ。無駄に戦えば、あなたのほうが人生を大事にしない最低のアホになってしまう」との指摘を行われているようです。
此の社会には程度の差こそあれ、少なからず「アホ」が存在します。今の世の中「アホ」ばかりで仕方がないと嘆き俗世を離れ逃避して行き、竹林の七賢人の如く隠遁生活を送るような人は昔から結構います。それは一面、「アホ」の集合体の中で生きて行く一つの究極的な在り方なのかもしれません。
之が老子流の生き方であるとすれば、孔子流の生き方は「周の時代に比べて世の中はこれだけ可笑しいことになっている。もう一度、周の時代のような政治が執り行われる世界に戻さなければならない」といったように、世の中が間違っているから徳治政治により立て直さねば、と考えるのです。
また、「怨みに報ゆるに徳を以ってす」という老子流の考え方に対し、「直(なお)きを以て怨みに報い」というのが孔子の基本的な考え方です。孔子が表現する直(ちょく)とは公正公平を指しており、此の直の追求なしに『論語』で言う「中庸」あるいは「中」の世界には到達し得ないのです。
尤も、老子も「大道廃(すた)れて仁義あり。智慧出でて大偽(たいぎ)あり。六親(りくしん)和せずして孝慈(こうじ)あり。国家昏乱(こんらん)して貞臣(ていしん)あり」と言っています。世の中行くところまで行ったらば、即ち振り子が片一方に振れ過ぎたらば、次はまた逆の方向に動いて、それ変える働きというのが必ず起こってくるわけです。
「アホ」が多いから「カシコ」が目立つのでは、とも考えられましょう。「どの相手に対しても、リスペクトを持ち」ながら、「義を見て為(せ)ざるは、勇なきなり」(為政第二の二十四)として、筋を通し義を貫いて「アホ」の世界を変えて行こうとするのが在るべき姿だと私は思っています。此の生き方を貫き通すと「時間・エネルギー・タイミング」を無駄にすることになる、と思われるかもしれません。しかし、そういうエネルギーが寄せ集まってこそ社会の進歩が齎されるのではないでしょうか。之を否定してしまうと、結局社会の進歩は起こって行かないと思います。




 

『君子を目指す』

2020年5月21日 13:15

会社経営と一口に言っても、その組織には技術部もあれば管理部もあり、その管理部の中には経理や財務、法務や人事もあるといった具合に様々な要素で構成されており、実際に組織を一纏めにして運営をするのは大仕事です。また、何を以てスペシャリストとし何を以てジェネラリストとするかも、非常に不明瞭な話です。それ故、ジェネラリストだとかスペシャリストだとかは余り拘らなくて良く、私としては寧ろ拘るべきでもないと考えます。
例えば「プロ経営者」とも称される松本晃さん(元カルビー会長兼CEO)などは、社長は「エキスパートではなく、ゼネラリストでいい」とされ、「社長になるための13科目」というのを挙げられています。そして中でも「経理・法律・英語」の3科目が特に重要で、他の10科目(人事・総務・マーケティング・情報技術・財務・製造・営業・品質・プレゼンテーション・一般教養)は「基本的な知識だけ押さえておけばいい」と言われているようです。
『論語』の「子路第十三の二十五」に、「其の人を使うに及びては、之を器(うつわ)にす…上手に能力を引き出して、適材適所で使う」という孔子のがあります。拙著『仕事の迷いにはすべて「論語」が答えてくれる』(朝日新聞出版)では「君子は器ではなく、器を使うのが君子だ」と述べましたが、先ず社長はリーダーですから全体を上手く持って行くために「之を器にす」という心掛けが必要です。
その上で経理や法律、英語といった類は夫々、自分がちょこっと勉強した位では及ばぬ専門家が必要なのです。私自身は、彼等彼女等の専門性を使えば良いだけのことではないかと考えます。英語を例に述べるならば通訳を雇えば済む話ですし、現代はPOCKETALK (ポケトーク)のような物まであるわけです。こうした利器の精度は既に結構なレベルで、時の経過に従って更に高まって行くと思われます。
そういうことを考えると、上記3科目につき勿論ある程度の知識を身に付けた方がベターでしょうが、少なくともリーダー足る者の本質的な要素ではありません。それよりも寧ろ人間力や判断力を中心とする知力が大切です。拙著『君子を目指せ小人になるな』(致知出版社)でも挙げた次の「私が考える君子の六つの条件」こそが、指導者の条件であり社長の条件だと私は思っています―――①徳性を高める/②私利私欲を捨て、道義を重んじる/③常に人を愛し、人を敬する心を持つ/④信を貫き、行動を重んじる/⑤世のため人のために大きな志を抱く/⑥世の毀誉褒貶を意に介さず、不断の努力を続ける。
私自身、此の六つの条件に反するような行いをしていないかと何時も反省しながら、一歩でも君子に近づけるよう真摯に努力し、日々研鑽を積み重ねているつもりです。簡単に君子になれるわけではありませんから、努力し続けるしかないのです。そして自らの人間性を磨き高めて行くべく何事にあっても、全て自分の責任だという覚悟を持つと共に、主体性についても常に明確に意識してやって行くことが大切です。人間力を高めそれを基礎として、様々な事柄の中で事上磨錬して行くのです。勿論、一生かかっても君子にはなれないかもしれません。しかしそれでも君子を目指す、その気持ちを持ち続けることが大事だと思うのです。




 

『老いて輝く人』

2020年5月13日 15:00

ひと月程前、「人間力・仕事力を高めるWEB chichi」に「なぜ若宮正子さんは82歳でiPhoneアプリを開発できたのか 若宮正子×小林照子」と題された対談記事がありました。その中に、美容家として60年以上活躍されている小林さんが下記の通り述べられ、若宮さんが「ぴったり同じです!私も全く同じことを考えていました」と応じられる箇所がありました。
――やっぱり、年を重ねるごとに輝く人と逆に老いて衰えてしまう人がいると思うんです(中略)。その差は何かと考えてみると、未来を面白がることができるかどうかだと思うんです(中略)。それから、日本人が長く培ってきた伝統的なことに目を向けるのも大切です。(中略)技術の進歩を肯定的に受け止めながらも、古くから受け継がれている伝統を次の世代に伝える。この二つの視点を持つことが、年を取ってからの生き方かなと思います。
「馬齢を重ねる」という言葉がありますが、その反対に年を重ねる毎に輝く為には、私は好奇心とチャレンジングスピリットの2つこそが最も必要なものだと思っています。三国志で有名な曹操(そうそう:魏の始祖)の言葉、「烈士暮年(れっしぼねん)、壮心(そうしん)已(や)まず」ということです。曹操は、「雄壮な志を抱いた立派な男児は晩年になっても〝やらんかな〞という気概をずっと持ち続けるものだ」と言っています。
人間誰しも皆公平に年一年、年を取って行きます。少なくとも肉体的には、確実に衰えて行くものです。しかし精神的に劣って行くかと言えば、必ずしもそうではありません。「あそこが痛い」「ここが痛い」とばかり言っていたら、鬱陶(うっとう)しくなるだけです。曹操が言うような実に「壮心已まず」の気魄に満ちた気持ちを持って、「この夢を実現したい」「こんな仕事もしてみたい」と好奇心を失わず積極的に動くようにすべきでしょう。そうした若い元気な青年の気持ちでいますと、面白いもので体も元気になるのです。
「病は気から」と言いますが、年を取ると一段と気力が大事になります。肉体的な若さも勿論大事ですが、何よりも精神的な若さを如何に保って行くかが大切です。好奇心や情熱というのは、「気」によって維持されるものです。チャレンジングスピリットや好奇心が薄れてきたと感じる時には、曹操の「烈士暮年、壮心已まず」とか「老驥(ろうき:老いた駿馬)櫪(れき:馬屋)に伏すも、志千里に在り」とかといった言葉を思い出し、自らを奮い立たせるのです。
人間年を取れば取る程に、その時節相応の形で「生」を全うして行かねばなりません。50代では50代の、60代では60代の、80代なら80代の生き方を模索して行くということです。幾つになっても、精神的な若さは常に保ち続けなければなりません。




 


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