京都大学工学部高分子化学科卒業。帝人(株)、三井銀行(現・三井住友FG)を経て、98年には実質的に日本で初めての大型バイアウト・ファンド、ユニゾン・キャピタルを共同で立ち上げる。 94年、ニューヨーク大学MBA取得。99年、東京工業大学大学院社会理工学研究科博士後期課程卒業(学術博士)。
2006年、阪急・阪神経営統合でその名を世間に知らしめた。現在、GCAホールディングス株式会社代表取締役、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。
北 本日は『日本経済とM&A』ということで、いろいろご教授を賜ろうと思います。 世界的にサブプライムローン問題の影響を受けて、統計ではM&Aの件数も落ちてきているようですが、佐山さんのところはいかがですか?
佐 まず落ちているのは投資ファンドによるM&Aの件数ですね。アメリカの投資ファンドが非常に高い金額でコミットした案件は、サブプライムローン問題の影響でそのお金が集まらないという状態になっていると思います。つまり、資金の出し手が絞っているということで成約が減っているということです。しかし、日本の場合はサブプライムローン問題の影響がアメリカほどはありませんし、むしろアメリカで出資できなかった分を日本が出資できるようになったりするかもしれませんので、むしろ日本とってサブプライムローン問題はプラスになるかもしれないと思っています。
北 M&Aといいますと、日本でも80年代は海外へ出て行って買収していった時期がありましたけれども、今は買収のために外へ出て行くくらい力がある企業があまりいないように感じるのですが。
佐 いや、そんなことはないです。
北 そんなことはないですか?
佐 ええ、現在我々の進行中の案件の約3割がクロスボーダーです。
北 ほう、なるほど。
佐 主に日本の企業が、アメリカやヨーロッパの企業を買収するという形が主ですね。バブルのころとは違いまして、いわゆる地に足の着いた海外投資です。
北 戦略的な投資ということですね。
佐 ええ。完全に戦略的な投資ですね。
北 海外投資といいますと、円が強かった80年代のM&Aは円の強さを利用して、安くなったアメリカの資産を買っていこうという動きが多かったですね。
佐 あの頃はどちらかというと金融機関主導でしたね。しかし、今はどちらかというと事業会社が自ら海外に出て行きたいという、まともなM&Aになっているんですね。
北 逆に言いますと、日本の企業も積極的に海外に出て行き、そして戦略的なアライアンスを見出さないとやっていけなくなっているという事情もあるのでしょうね。
佐 もう世界的な市場で大きな企業は勝負されていますからね。日本だけで作って、日本だけで売るというやり方ではもうやっていけないということです。少子高齢化ですからね。
北 最近は中国も日本の企業にだいぶ興味を示しているように思います。中国の企業から私に『いい企業はないか』と問い合わせが来たりするのですが、中国の動向はいかがですか?
佐 やはり買いニーズは以前に比べて増えていると思います。しかし、売る側は相手が海外の企業ということにまだ抵抗があるのではないかと思います。日本の企業で買い手がなくて、仕方が無いという時に欧米およびアジアの企業に売るということになるのではないかと思います。まあそういった意味ですと、現在はそれほど景気が悪くないので国内でも買い手がつくのですが、これが景気悪くなりますと、海外からの買収といった件も増えてくるのでしょうね。
北 昨年は三角合併による買収も認められるようになりましたね。一番大型案件はシティのケースになるわけですけれども、これも増えそうですか?
佐 これは間違いなく増えると思います。ご存知のようにキャッシュで調達するのと、自らの株式というのは全然違いますからね。われわれもそのアメリカのサヴィアンというブティックと経営統合すると昨年11月1日に発表しましたが、これも株式交換でやります。もしも我々がキャッシュを準備してやろうと思ったらこれは大変なことなのですが、自らの株式でということで実現できた。ですから可能性としては、自社株が使えるようになることによって、かなりM&Aマーケットにはプラスです。
北 総括しますと、クロスボーダーが増えてきて、本当の意味で戦略的な投資が増えてきているということですね。しかし、他方では村上ファンド、スティール・パートナーズといったグリーンメラーと変わらないような、あるいはグリーンメラーそのものかもしれないような投資ファンドも出てきました。これに対しては司法の判決など様々な動きがありましたね。この部分では佐山さんのところでもずいぶん商売につながったんじゃないですか。
佐 ええ、対村上ファンドというのは結構やっていましたし、スティールもやっています。こういったケースになりますと直接対決しなきゃいけない。しかし大企業のサラリーマンとしては、直接対決というのはなかなか出来ないんですよ。一方私達は直接対決も別にどうってことないので、そういう意味では結構やらせていただきましたね。
北 スティール・パートナーズの件を見ますと、日本での投資行動を巡る動きについて、あのような司法の結論が出るなんて彼らとしては事前に想定してなかったように思えますね。
佐 もし想定していなかったとしたら、それは完全に勉強不足ですね。もし日本のことをよく知っている人がリヒテンシュタイン氏(スティール・パートナーズ代表)にきっちり伝えれば、もっと違ったアクションをとれたと思います。日本の環境をもっと理解すべきでしょうね。
北 そういう意味で日本という国は特殊なんですね。世界のM&A市場と比べて特殊だということを改めて認識させるような結果だったでしょうね。これは司法のディシジョンメイキングもそうだったし、そしてまた日本の株主のディシジョンメイキングもそうだったわけですが。
佐 そうですね。
北 だから逆に言いますと、あのようなタイプの投資ファンドが日本に進出してくる可能性というのはずいぶん減ったと思いますね。
佐 9月にニューヨークにIRに行ったのですが、そしたらアメリカの投資家の皆さんが、『日本の裁判所はとんでもない』とおっしゃったんですね。それに対して私は、そうではなくてスティール・パートナーズのやり方がまずいと思うと言ってきました。例えば、過半数とっても経営権を取らないとか、村上ファンドと同じようなことを言っていたら勝てるはずがないわけです。勝てるはずがない勝負をして負けただけの話であって、投資ファンドの一般論としてああいう結論が出たわけじゃないと言っておきました。
北 まあ欧米の方々の発想からしてみると、日本の特殊性というのは単に特殊性として割り切れない部分もあると思うんですよね。
佐 みなさんかなり批判的でした。
北 そうでしょうね。
佐 しかし、私はスティール・パートナーズ特有の問題だと思っています。またブルドックのケースは、ご存知のようにたまたま定例株主総会があってね、あのようなことになったわけです。常にあのようなことが出来るわけではないのです。そしてスティールにしても、過去1ヶ月、3ヶ月、半年、一年の平均株価の約10%程度しかプレミアムをつけずに、下限なしの上限100%の公開買い付けを行ったわけです。これは知らない人が見れば全株式を買収しにきたように見えますが、そんな少しプレミアムで買収できるはずがないのです。ですから、まとめて株を買いたかっただけなのであればきっちりそう言えばいいのに、説明が不十分なために買収しに来たみたいに見えてしまった。そういうことではないかと思います。
北 最近の日本の個人株主を見ますと、デイトレーダーが随分と増えて、ファンダメンタルを見て投資をする方や会社に対するロイヤリティを持つ方は次第に居なくなる方向に動いていますね。
佐 そうですね、儲かれば良いという人の比率は高まっていますね。
北 しかし、今回のブルドックの件で日頃からあまりものを言わない株主達が、会社の経費を使ってある意味で企業価値を減らすという方法にも関わらず支持したということは非常に珍しいことだと思います。
佐 ええ、珍しいと私も思います。つまり、それほどスティール・パートナーズが悪者に見えたということなんです。しかし、もしもこれが事業会社であったらどうでしょう。事業会社が敵対的買収に来たときは、全く違ってくると思います。ですから敵対的買収に常に有効な防衛策というものは、私は無いと思っています。スティールや村上ファンドのような投資ファンドに対して有効な防衛策があったとしても、事業会社が来ても防衛できるような策はありません。防衛策を入れたから大丈夫と思われている経営者の方が多いようですが、決してそんなことはないということですね。
北 敵対的買収ということになりますと、他にも野村證券まで関与した王子北越のケースがありますね。私も野村證券にいた頃M&Aをやっていましたが、敵対的買収は野村證券として絶対にやらないということになっていました。まして主幹事の会社が買収の対象となっているにも関わらず野村證券がその敵側につくということはまず有り得なかったでしょうね。結果的にはこの買収は失敗に終わりましたが、敵対的買収というものに対する昔のような意識はもうなくなりましたね。
佐 敵対的買収と言うと全て悪いみたいに思う方もいらっしゃるようですが、実際には経営者が買収に反対しているだけであって善悪は全く別問題です。ですから本当は「善の敵対的買収」、即ちその会社を本当に良くするための敵対的買収がもっと出てきてもおかしくないわけです。
北 そうですね。結局善か悪かの判断を最終的に株主がするということになるということです。しかし、王子北越のケースを見ましても、株主に善か悪か判断できるような十分なインフォーメーションが伝わっているようには見えませんでした。
佐 そうですね。更にあの時は株主にインフォーメーションだけでなく、北越の従業員や取引先や地域に対するメッセージがかなり後手後手になったように見えます。やはりそういった回りの人々を味方につけて経営陣だけを孤立させないと成功は難しいですね。
北 善悪の判断を行うための十分な材料を会社として出し、企業をとりまく全てのステークホルダー、地域社会まで含めて全てのステークホルダーを納得させないといけない。そうしなければ、結局「敵対的」という理由だけで悪と判断されてしまう。
佐 ですから、誰が見ても善の敵対的買収であるというものを誰かがやれば世の中の見方が変わってくると思います。
北 そうですね。そういう意味では経営者の判断を基準に善か悪かを判断するという、ここの部分を変えていかないといけないと思います。そしてM&Aを友好的であるか敵対的であるかで二つに分けるという考え方が、そもそも間違いではないかと思うんです。これからはそういった部分でマスコミも含めて変わっていかないといけないですね。
佐 要するにM&Aというのは単に株主が変わることなので、問題は株主が変わることによってその対象会社が良くなるかどうかということなんだと思いますね。
北 そうですね。経営者の判断にしても一時的に自分が経営を預かる期間だけで考えるか、もっと中長期的な視野で会社の存続・繁栄を考えるか、それも見ながら会社が良くなるのかどうかを判断することが必要ですね。