『Paul A. Samuelsonとノーベル経済学賞』

2009年12月18日

先日ポール・サミュエルソン(Paul A. Samuelson)が94歳で死去しました。彼の業績としては、数学を使って従来の経済理論をある意味精緻化したこと、そして「新古典派総合」と称して一つの経済学の潮流を作り上げたことが挙げられると思います。私も経済学を学び始めた初期の段階において彼の教科書を勉強しましたし、また彼の著書を沢山読んだ記憶があります。また彼は経済学におけるノーベル賞というものを樹立することに大きな役割を果たしましたが、彼自身も1970年の第二回目にノーベル経済学賞を受賞しています。本当は第一号受賞者になるぐらいのつもりでいたのかもしれませんが、あえて第一回目はJan TinbergenとRagnar Anton Kittil Frischに譲り、彼は第二号受賞者になったのではないかと思われます。

彼の事で忘れられない思い出として、私が英国ケンブリッジ大学留学中にいたChrist's Collegeの経済学の教授だったJames E. Meade宛に、サミュエルソンから電話が掛かってきたということがあります。その電話は大学での授業中にあって、教授は一度教室を出て行きました。そして、戻ってきた時に教授が言ったことは「I got the Nobel Prize.」というようなことで、私はこの時「一体誰がノーベル経済学賞を決めているのだろう」と思ったことを記憶しています。それほどサミュエルソンは、ノーベル経済学賞の指名について大きな影響力を発揮していたということでしょう。

例えばJoan Violet RobinsonやNicholas Kaldor、あるいはPiero Sraffaといった、特に英国ケンブリッジを代表する教授達は、その業績から考えて本来ノーベル経済学賞を授与されて然るべきと思われますが、サミュエルソンの影響力もあってか結局受賞することは出来ませんでした。どういうことかと言えば……



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