北尾吉孝日記

『今国会の良否を論ず』

2018年12月13日 17:05

第197回臨時国会が10日閉幕しました。今回私が残念に思っているのは、当初自民党が目指していた憲法審査会への党憲法改正案の提示が見送られたということです。先月9日、自民党の下村博文さんが「高い歳費をもらっているにもかかわらず、議論さえしないのは国会議員としての職場放棄だ」と野党批判を行って後、擦った揉んだした挙句時間切れとなってしまいました。今国会で自民党として改憲論を展開することが、国民的議論を今後誘発する上で非常に大事であったと思っていたのですが、残念です。
安倍晋三首相は閉会後の記者会見で、「憲法の課題については、最終的に決めるのは国民の皆様であるという認識を強く持つべきだろうとこう思っています。(中略)それぞれの政党が、憲法についてどういう考え、どういう改正案について考え方を持っているかということを開陳しなければ、国民の皆さんもやはりこの議論を深めようがないのではないのかなとこう思います」と述べられていました。
第二次世界大戦の敗戦の結果として進駐軍にある意味押し付けられた今の憲法、言わば「マッカーサー押し付け憲法」をこれまで日本は金科玉条の如く持ち続けてきたわけですが、良い所も勿論あるにしろ時代錯誤の様相が顕著になってくる中で守り続けて行くのかが今正に問われているかと思います。
現下激動する国際情勢で現行憲法の改正に踏み切るべきか否か、与野党共に詰まらぬことを言って詰まらぬ時間を費やすのではなく、唯々主権者たる国民に対し国民投票における判断材料の提供に努めるべきです。来月下旬にも召集される次期通常国会では日本国憲法を主テーマとし、自民党の改憲案が早々に提示され、それを皮切りに活発な論議が行われることを強く願う次第であります。
他方、今国会で年来続けてきた持論の幾つかに前進が見られたのは私として非常に満足しています。6年半前上梓した拙著『日本経済に追い風が吹いている』(産経新聞出版)の中で、私は『農業・漁業の近代化推進については「農地法」「漁業法」といった戦後すぐにつくられたような法律の抜本的改正を一刻も早く行うべきです』と書きました。今回「70年ぶりの抜本改革」がなされたことで、我国の漁業分野における生産性向上が図られて行くものと期待されます。
また同書では併せて「少子高齢化に対応した福祉や移民政策の必要性」と題し、「日本はドイツやフランスの移民政策の歴史から学び、やはり知識レベル・教養レベルが比較的高い水準にあると思われる人、あるいは専門的な技能・能力を身につけた人に限って移民をさせるべきです。ただし、その場合、さまざまな社会問題の発生を防ぐために移民のわが国への同化政策を同時にとらなければなりません。そして、そうした若い人達を増やすことによって、社会保障費をまかなっていく必要もあるのではないか」と述べました。
あるいは、「人口減少時代を迎えている日本は、今より格段にフレキシブルな移民政策を認めるという方向にならざるをえないでしょう。経済成長率の基盤は人口増加率と生産性上昇率であり、その意味においてもやはり日本は移民政策に積極的に取り組んでいかねばなりません。(中略)米国の人口は今でも年々1%程度増加していますが、その主因はもちろん移民の流入」にあるとも書きました。今回の「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律案」の成立は、今後国の活力を保って行く上で大きな一歩を踏み出したものと私は評価しています。




 

『40歳は山の頂』

2018年12月4日 17:55

私が安岡正篤先生と並んで私淑する、明治・大正・昭和と生き抜いた知の巨人である森信三先生は『修身教授録』の中で、次のように述べておられます--人生を山登りに喩えますと、四十歳はちょうど山の頂のようなもので、(中略)山の頂に達すれば、わが来し方を遙かに見返すことができるとともに、また今後下り行くべき麓路も、大体の見当はつき始めるようなものです。
私自身よく知らなかったのですが、「中年の危機(midlife crisis)」という言葉があるようです。上記の通り、自分の来し方行く末に思い巡らせる時、40歳位になれば後の人生がある程度見えるということでしょう。仕事においては、それなりの実績を上げた人の方が「あぁ、サラリーマンとして自分は駄目だ。この程度しか出世も出来なかったし…」といったふうに考えて、40代で一種の鬱になって行くような人が結構いるらしいのです。イタリア・フィレンツェ出身の大詩人、ダンテ・アリギエーリ(1265年-1321年)の大作『神曲』の中に、「人生の旅のなかば、正しい道を見失い、私は暗い森をさまよった」とあります。これ正に中年の危機、ミッドライフ・クライシスの描写かもしれません。
あるブログ記事(16年2月13日)では「40歳になってようやくわかる8つのこと」として、①40歳は、会社の中で出世ができるかどうかが、ある程度見える/②40歳は、肩書ではなく何をやったかだ、と知る/③40歳は、「このまま逃げ切ろう」という人と「これからが本当のチャレンジだ」という人が分かれる/④40歳は、「結局、家族や友人が最も大事だ」と気づく/⑤40歳で、真の感謝を知る、等が挙げられています。中年の危機に陥り易い思考をするような40代の人にとっては、①「会社の中で出世ができるかどうかが、ある程度見える」時期に、②「肩書ではなく何をやったかだ」と知り考えたところ大したことを何もやっていない、といったケースが一番の悲劇になるのかもしれません。
私自身はと言うと、嘗て『任天・任運~最善の人生態度~』(15年7月8日)と題したブログ等にも書きましたが、最終的には「天に任せる」「運に任せる」という考え方で今までずっときています。当初期待したような結果が得られなかった場合も、「失敗ではない。この方が寧ろベターなんだ」と、常に自分に言い聞かせながら生きてきている人間です。ですから、そもそも挫折したと思うこともなく、中年の危機の如きクライシスを経験したこともありません。
唯40歳というのは、己の来し方を大いに反省するタイミングであることは間違いありません。ある意味その歳までずっとやり続けた事柄につき振り返ってみて、「この程度だ。自分には何もなかった」とか「俺の人生、大したものでもなかった」とかと考えるところから寝られないようになったり、「もうこれで出世競争から外れてしまった」とか「今後どうやって生きて行ったら良いのだろう」とかとばかり考えていては駄目です。③「これからが本当のチャレンジだ」とか「ゼロから今一度出発してみよう」とかという気になる方が、私は良い生き方だと思います。
他方で④「結局、家族や友人が最も大事だ」としている人には、私に言わせれば、ある面で競争で決着がついたが為③「このまま逃げ切ろう」という人が結構多いよう感じられます。例えば、安岡先生も座右の銘にされていた「六中観(りくちゅうかん):忙中閑有り。苦中楽有り。死中活有り。壺中天有り。意中人有り。腹中書有り」の一つ、「壺中天有り」の次の故事は、9年程前のブログ『心の病にどう対処すべきか』等で御紹介したものです。
――昔費長房という役人がいました。この人が役所の二階から下の市を見ていたところ、遅くなって皆が店を畳んでいるにも拘らず、一人の老人はいつまで経っても畳まずに残っていました。「なぜだろう」と思って見ていると、その老人は壺を取り出してその中に入って行きました。その老人は仙人であったということです。翌日も同じような光景があり、この役人は「自分もその壺の中に連れて行ってもらおう」と考えてその老人と談判し、一緒に連れて行ってもらえることになりました。そして、その壺の中は素晴しい別天地でありました。
人間、行き着く所まで行ってしまったら違った世界に行き新たに自分を見出すべく、趣味を持つことでもスポーツをすることでも何かちょっとした類で意識を変えて行こうとするのは、それはそれで良いと思います。しかし「人生100年時代」と言われている中で、40歳で逃げる人生を選択するのは早過ぎるのではないでしょうか。40代とは基本、新たな挑戦に踏み出す時期として捉えるべきだと考えます。
最後に、⑤「40歳で、真の感謝を知る」のは、あり得ないだろうと思います。仏教では「人身受け難し」として、この世に人の身で生まれてきたということ程、ありがたいことはないではないかとしています。また感謝と言った場合に同世界では、「顕加(けんが):目に見える何かをして頂いたことへの感謝」と「冥加(みょうが):表に表れない、見えないものへの感謝」という二通りがあります。
例えば、日々我々が美味しく食事が出来るのは、米を作ってくれる人がいたり魚を獲ってきてくれる人がいるからであって、そういう気持ちで全てに対する冥加も含め、あらゆる事柄に感謝する気持ちを常に持たねばなりません。そして真の感謝とは、「無窮なる民族生命の無限の流れの末端に、この私も生かされている」(『修身教授録』)、これまで本当に生かされてきた、と棺桶に入る前に思い、最後に感謝をすることだと思います。
以上、長々と述べてきましたが40歳は山の頂ということでは過去、『仕事との向き合い方~20代・30代・40代・50代~』(13年8月20日)や、『人生の折り返し地点』(16年10月31日)と題したブログも書きましたので、御興味のある方はそちらも読んでみて下さい。




 

『勝負と執念』

2018年11月27日 16:10

「打撃の神様」と言われた川上哲治さん(1920年-2013年)は、「勝負に強いか弱いかは、執念の差である」という言葉を残されているようです。之は、最後の最後まで諦めず最大限の力を振り絞り立ち向かって行く姿勢が結局、物事を成し遂げたり勝負に勝つことに繋がって行くといったことでしょう。
私は嘗てのブログ『為せば成る 為さねば成らぬ』(16年1月29日)の中で、「勝ちきる人たち」には次の2点、「自分が掲げた目標に向かって様々なものを犠牲にしながら唯ひたすらに突き進んで行くということ」、及び「例外なく運にも非常に恵まれるということ」があるのではないかと述べました。
此の運を呼び寄せるものとして、私は「努力」「誠実さ」「粘り」の3つが取り分け重要だと考えています。最後の最後に一頑張り・一粘り出来るか否かで、運を呼び寄せ勝利できるかどうかが決するケースは結構あります。そういう意味で勝負強い人とは一つに、何事も簡単に諦めない粘りある人を言うのだろうと思います。
但し「勝負に強いか弱いかは、執念の差である」とは、ある程度実力を持った人にのみ通ずる話でしょう。実力のない人が戦いに挑んで負けるまで執念だけでやり抜く、というのは如何なものかと思います。従って昔から言われるように「人事を尽くす」、その結果として勝負に挑むといったことでなくてはなりません。
あるいは『孫子』に「夫れ未だ戦はずして廟算するに勝つ者は、算を得ること多きなり」とありますが、戦の勝敗は廟(びょう:祖先・先人の霊を祭る建物)で作戦会議を行う時に既に決しています。「算多きは勝ち、算少なきは勝たず」ですから、十分な勝算ある勝負か否かをきちっと考えなければなりません。
更に言うと「勝負は時の運」であって、その中で臨機応変に方向転換もして行くべきで「状況が変われば、それに応じて変われば良い」と思います。『易経』にあるように、「窮すれば即ち変ず、変ずれば即ち通ず」です。過去に執着するのではなく、誤りを認識したその時直ぐに代替案に移行できる等、フレキシブルに対処して行けるよう常時あらねばなりません。
以上、努力の限りを尽くしているか、相手に勝てる見込みは十分か、形勢変化に対する柔軟性を維持しているか――こうした事柄が、勝負における執念や粘りの価値を考える上での大前提だと思います。




 
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