北尾吉孝日記

『最善の人生態度』

2017年10月13日 16:40

経営者の立場から言うと私は社内外の企業に投資や出資の判断をする時、仮に失敗したとして最大限のリスクはどの程度なのかを先ず見ます。次に我々の現況から考えてその程度であれば十分affordable(許容可能)となった場合、上手く行ったらどの程度のリターンが見込み得るかを見、そしてリスクとリターンを算盤勘定に掛けて判断を下します。
何かを判断する時に、「失敗したらどうしよう・・・」といった具合にああだこうだと悪い方ばかりに考える人もいますが、私の場合は基本、最大限のリスクの程度等を常に頭に入れながら“be positive”であるべきだと思っています。ポジティブに物事を考えるということは、何事によらず物凄く大事だと思います。
仮に何らかの困難に直面したならば唯々悲観的な見方をするのでなく、先ずは何故どこが問題でそうした結果が生まれているかを自分自身で深く反省し、場合によっては関係者等に単刀直入にフランクに話をして何が問題だったかと突き止めるべきでしょう。そういうことをきちっとして後、その反省の上に立って次なる生き方・やり方を見出して、成功に導くよう自分の行動を如何に律して行くか、とする姿勢が一つ重要になります。
私自身、上記の通り反省もしますし失敗の理由も考えますが、他方、そもそも物事というのは殆が上手く行かないものだと思っています。それ故、失敗という結果に対し、ぐたぐたと悩みません。何もかも全てが自分の思い通りに行くのであれば、誰も苦労しないわけです。
だからこそ私は、常時「策に三策あるべし」としてA案が駄目ならB案、B案が駄目ならC案といった具合に、最初から少なくとも三つ位は用意しておくことが大事だと思っています。失敗を余りにネガティブに捉えずに失敗するのが当たり前と捉えていた方が、直ぐに頭を切り替えられ次の動きにすっと移れるといったメリットも出てきましょう。
それから最後に、私自身あらゆる判断に当たってこれ迄ずっと、最終的には「任天・任運」という考え方をしてきました。は「天に任せる」「運に任せる」ということで、人生を良き方に向かわせるべく大切な考え方だと思います。
たとえ何か上手く行かないことがあったとしても、「これは天が判断したことだから、くよくよする必要なし」と受け止めるのです。「失敗でなく、こうなった方が寧ろベターなんだ」とか、「将来の成功を目指しその失敗を教訓にしなさい、という天の采配かもしれない」とかと考えれば良いのです。
こうして天にその全責任をある意味押し付けて生きたらば、気がぐっと楽になり余計なストレスを溜めずして常に前向きでいられます。如何なる結果もその方が良かったとして事柄全てを捉えると、次に向けてよりポジティブに考え易くなるでしょう。




 

『創業と守成』

2017年10月5日 19:30

8年程前、朝日新聞出版より上梓した拙著『逆境を生き抜く名経営者、先哲の箴言』では、何人かの経営者の言を御紹介しました。偶然にもサラリーマン経営者の言は殆どなく、松下幸之助さんや本田宗一郎さんといった創業経営者の言が殆どでありました。
創業者とサラリーマン社長とは、私は全く異質なものだと思います。ゼロから業を起こし創り上げて行くプロセスと、既に出来上がったものをベースにしながら発展させて行くプロセスとでは、どちらが偉いとか偉くないとか良いとか悪いとかは別にして大きく異なるものだと思います。
創業社長は大抵10年以上の長きに亘って経営トップの任に当たっており、2期4年や3期6年といった任期で務めるサラリーマン社長とは全く違っています。サラリーマン社長の場合は、自分の任期中に恙無(つつがな)く、大過なく過ぎればよしということでしょう。綿々と受け継がれてきた経営を、少なくとも任期の間は失敗せぬように会社運営に当たるわけです。
片や創業者の場合、その創業から現在に至る迄のプロセスの大部分は、自らが知恵を出して事業の種を蒔き、リスクを引き受け汗をかきながら創り上げてきたのです。勿論、英知を結集するということも出来る範囲でやりますが、非常に限られた人材しかいない中でそれをやり、全責任を自分が背負いディシジョンメイキングして行かねばなりません。
サラリーマン経営者というのも沢山の役員がいて分担する中で最後のディシジョンメイカーとしては君臨していますが、言ってみれば未だ合議制の世界であり全権を持って会社を動かして行くような存在ではありません。上記した松下さんのみならず、例えば孫正義さんでも柳井正さんでも皆が、その手腕・才能・経験あるいは人物全てを総合した力で、それを成し遂げてきたわけです。
「創業と守成いずれが難きや」と『貞観政要』にある通り、創業には創業の難しさが守成には守成の難しさがあります。会社が成長期にあるのか成熟期にあるのか等、その発展段階に応じて夫々誰が適材かということになるのだと思います。トップに関しても勿論、創業経営者の類のタイプがずっと続くのが最良とは言い切れないでしょう。
徳川家康はしっかりと『貞観政要』を読み込んだ上、更にそれを講義させ研究していたと言われています。所謂「関ヶ原の戦い」迄の家来達とそれ以後「徳川三百年」の礎を創って行く家来達とでは当然能力・手腕の違う人間であるべきで、天下統一後は国づくりのステージに適した家来を自分の周りに置くようにしていたわけです。家康であれ誰であれ創業者は、創業と守成の難しさを認識し、違った毛色の人を集めるということが必要だと思います。




 

『部下の目標』

2017年10月3日 15:20

目標設定ということでネット検索してみますと、「ダメな上司は部下の目標設定がわかってない」(東洋経済オンライン、17年02月23日)といった類の、部下への目標の与え方に関する記事も数多く見られます。
本テーマで私見を申し上げると、例えば数字目標があります。野村證券時代、私自身が営業チームを率いていた時は、部下に目標を常に明示して全体を動かしてきました。それは時として度肝を抜くようなものでありました。
目標の与え方で私は韓非子が言うように、「形」と「名」が同じになるやり方が一番良いと思っています。それは「形(実績)」と「名(目標)」が同じになる「形名参同…けいめいさんどう」の目標設定であって、目標が余りに低過ぎると簡単に目標を超えてしまって駄目です。
人間ギリギリの時にこそ知恵が様々出てくるもので、あらゆる知恵と工夫を振り絞り必死になって努力に努力を重ねた結果、何とかギリギリで達成できる目標こそがベストだと思います。必死に努力しても全く超えられないというものでも駄目です。
事業でも何でも全て同じで、こういう形名参同の世界を作り上げるのが非常に大事になります。そして更に大事なことは、ギリギリに設定した目標を超えた時に、部下に自信が生まれることです。此の自信というものは、とても大切だと思います。
一度自信をつけることに成功すれば、次に困難に直面しても「きっと次の壁も乗り越えられる」と、その自信がより大きな目標を達成して行く原動力になるのです。数字目標がどんどん大きくなるに従って勿論そこには戦略・戦術、そして様々な知恵・汗といったものが必要になりましょう。
自信とは自らに対する信頼であり、困難を克服できた時に初めて本物になるものです。「艱難汝を玉にす」という言葉がありますが、部下に本物の自信を与えたいと思うならば、形名参同の目標設定を行うのが一番でしょう。
目標の達成で、上記の他にも時として良き副産物を齎します。例えば良い人や良い商品、あるいは良い取引先が余計に集まるようになるといった具合です。そうやって自分の内外に生じる良い変化が、次なる目標の達成へと繋がって行くのです。




 
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