北尾吉孝日記

『心願というもの』

2021年12月30日 16:30

10年よりも前になりますが私は嘗て、「今日の森信三(159)」として次のようにツイートしたことがあります――「志」とか「立志」というコトバは、比較的若い世代の人々の問題だとしたら、「心願」という問題は、人生の後半生にのぞんで、初めて問題になりかける問題といってよく、さらには人生の晩年に近づいて、ようやく問題となり出すような事柄といってもよいかと思われます。
『論語』の「為政第二の四」に孔子の有名な言葉、「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず…私は十五歳の時学問に志し、三十歳にして学なって、世渡りができるようになった。四十歳で事の道理に通じて迷わなくなり、五十歳にして天命の理を知った。六十歳では何を聞いてもその是非が判別でき、七十歳になった今は思いのまま振舞っても道をはずさなくなった」とあります。
立志とは、このように比較的若い時にあるものです。しかし立志した事柄が、そう簡単に成就できるわけでもありません。森先生は『「心願」とは、人が内奥ふかく秘められている「願い」であり、如何なる方向にむかってこの自己を捧げるべきかと思い悩んだあげくのはて、ついに自己の献身の方向をつかんだ人の心的状態』というふうに言われています。此の心願とは私流に解釈すれば、立志をずっと持ち続け自分の志の成就に一歩でも近づくよう全力投球しつつ、その成就についての天に対する心からの願いではないかというような気がします。
晩年にもなれば、人生の残り時間につき思い巡らせねばなりません。その時に、自分の志は成就することが出来るかと一種の焦りに似たような気持も出来てくるでしょう。また同時に、此の世に生ある間やれるだけやって行こう、という強い意志も今一度コンファームして行くことでしょう。森先生は『志が前進的な積極性の趣をもつに対して、「心願」のほうは人生の真実に対して、深く内面的に沈潜する趣がある』とも言われています。人生の後半生に臨んでみるに、志そのものについても本当に之で良かったのか、といった思いも生じてくるかもしれません。従ってそういう意味では、様々内省をするといった気持が強くなってくるのだろうと思います。

本年も「北尾吉孝日記」を御愛顧頂き、誠に有難う御座いました。来年が皆様方にとって良い年になりますよう、心より祈念致します。
尚、小生の拙い日記は来年初より、Facebookページを通じた公開と致します(2022年1月末www.sbi-com.jp閉鎖)。
今後も私の素であり純なオピニオンを発信して行きますので、「北尾吉孝日記」に対する変わらぬ御愛顧の程宜しく御願い申し上げます。




 

『人を見て法を説く』

2021年12月24日 16:30

ライフハッカーに今年9月、「職場を壊すダメな上司に共通する4つの行動」と題された記事がありました。その行動とは、①手柄を独り占めして責任を転嫁する、②何が起こるか予測しにくい環境にしてチームを不安にする、③不信の種をまく、④アメよりムチを使う、とのことです。①②③は特段の論評を要さぬもので、指摘される通りだと思います。
④に関し私見を申し上げるとすれば、アメもムチも何等か考えて行うでなくて、人間に対する愛や部下に対する思い等々、様々なものの結果として時にはアメに時にはムチになったりするのではないでしょうか。つまりは、之をやればアメ・之をやればムチといったような話ではなくて、己の部下に対する愛情から「この人の成長の為こうしてやるのが良いだろう」といった思いを抱き、それがアメになったりムチになったりする、ということだと私は思っています。
例えば、『ビジネスに活かす「論語」』(拙著)第一章の「相手に合わせ、学ぶ意欲を大事にした孔子の教育法」の中で、私は次の通り述べました--孔子は「仁」という徳について教える場合にも、ある者には「それは愛だよ」と教え、別の弟子には「それは忠恕のことだよ」と、全然違った形で教えました。そのため、後世の人から、孔子の教えは一定でないと批判されることもあるのですが、それは矛盾しているわけではなく、ただ相手の人物としてのレベルに応じて説明の仕方を変えているだけなのです。そのようにして、弟子の足りないところを伸ばし、行き過ぎているところは抑え、個々の弟子の人格をできるだけ十全なものに近づけようとしたのでしょう。
また『論語』の「先進第十一の二二」でも、「人を見て法を説く」孔子流の教え方が見られます。それは、弟子の子路(由)及び冉有(求)夫々から「道理を聞いたら直ちに実行しても宜しいでしょうか」との質問を受けた孔子が、子路には「父兄(両親)が此の世にいる時に、どうして道理を聞いて直ぐに実行できようか」と、冉有には「道理を聞いたら直ぐに実行しなさい」と答える場面です。即ち、子路は積極的な人間で直ぐ行動に移すタイプなので、「父兄がいたら道理を聞いて慎重に事を行え」と、冉有は常にビクビクしながら物事を処理しているような男なので、彼を励ます意味で「直ぐに実行しなさい」と言っているのです。
このように、孔子は3000人と言われる自分の弟子夫々の性質・能力を見極めつつ、夫々に適したやり方で色々な教えを説いて行きました。人に応じ皆答え方が違ってくる中でハッキリしていることは、孔子の弟子に対する愛や信のあらわれであります。これまで私自身も教育者としての孔子の素晴らしさに学ぶべく、部下に対する愛情を持って個々に指導を心掛けてきたつもりです。だから、部下一人ひとりの成長を真剣に願う時、それは時としてアメになったり時としてムチになったりするものです。




 

『不惑を超えて』

2021年12月17日 16:30

今年9月フェイスブックに投稿した『一目置かれる人』で私は「誰もが一目置く人物になる為に、40歳までが勝負の期間と心得ておくべき」等と指摘したわけですが、ミサオ ハットリ様と言われる方から「60には、寂しいですが」とのコメントを頂きましたので、本ブログにて私が思うところを簡潔に申し上げたいと思います。
人間、40歳を過ぎて不惑を超えますと、一つの方向性というのが定まってきます。それは、天から与えられた使命がおぼろげながら自覚出来、それに向って進むということです。他方、人間は死すべきものとして此の世に存しています。老いにより色々な所で、自分の体力・気力・知力が自然と萎えて行かざるを得ないわけです。その中でその方向性に沿い着実にその道を歩んで行くのです。その時の心情としては淡々とした気持でいるべきでしょう。そういうものが人間であり生物であって、ある意味それは諦念の類でなく自然の成り行きに従い、それに抗することなく淡々と受け入れて行けば良いのです。
一年半程前、私は『老いて輝く人』と題したブログの結語として、次のように述べておきました――人間年を取れば取る程に、その時節相応の形で「生」を全うして行かねばなりません。50代では50代の、60代では60代の、80代なら80代の生き方を模索して行くということです。ただ、幾つになっても、精神的な若さは常に保ち続けなければなりません。
吉田松陰先生は、その遺書『留魂録』で「人間にも、それに相応しい春夏秋冬があると言える」と言われています。「四時の序、功を成す者は去る」と司馬遷も言うように、春には春の役割が、夏には夏の本分があります。夫々の季節が自分の役割を終え静かに去り行くが如く、人間その役割を終え移り行くものだと私は思っています。
老子は、「功成り名遂げて身退くは天の道なり」と言います。退くとは、夫々が今向き合っている仕事を離れ、夫々なりにまた新たにやるべき別の仕事があるということです。これ正に天意であって、天の意思を淡々と受け入れて行くことが必要ではないかと思うのです。
安岡正篤先生は、『菜根譚』の言葉「人を看るには只後半截を看よ」を引用しながら、「誠に人の晩年は一生の総決算期で、その人の真価の定まる時である」と言われています。年を取るに連れ、その人の地金が露わになってくるということで、我々は幾つになっても如何に生くべきかを問い、学び続けねばなりません。
淮南子』に、「行年五十にして四十九年の非を知り、六十にして六十化す」とあるように、「化す」というのも人間としての在るべき姿です。何歳になろうが常に変身し自らを知行合一的に向上させて行き、より良きもの・より良き方向に日一日と前進して行くのが、天から課せられた使命だと思います。「壮にして学べば老いて衰えず。老いて学べば死して朽ちず」(佐藤一斎)、我々人間は死するその時まで学び続けるべきなのです。




 
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