北尾吉孝日記

『人物をつくる』

2008年4月3日 8:31
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あっという間に新年度となり、一昨日入社式を行いましたが、また私どもの仲間に31名が加わりました。この仲間達を一日も早く仕事に慣れさせて行くことは当たり前として、この人達を人物として育て上げていかなければなりません。これは私どもに課せられた大きな責務であると思っています。

人物には、そう簡単には中々ならないものです。「人多き人の中にも人はなし、人になれ人人になせ人(上杉鷹山)」という歌がありますが、人物をつくるには人物を育てる人も必要であり、勿論本人が不断の努力をし続けることも必要であります。

本人の立場から言えば、入社式で私が話したことの一つとして、礼の徳があります。礼とは『論語』の中で、仁と並んでよく出てくる言葉ですが、それは二つの側面があると私は考えています。一つは礼儀です。礼儀の第一歩は他人を尊重することです。他人を尊重するから、社会生活が円滑に行くのです。大きく言えば、この礼の徳とは、社会の秩序や調和を保つ働きを持った徳のことであり、これが礼なのです。

もう一つの礼の側面とは、礼儀作法です。今風に言えば、エチケット&マナーのことで、朝会えば“おはようございます”、あるいはどこかで私どものグループ社員と会えば軽く会釈するというような、人間としてごく当たり前の基本的なことです。これは本人が先輩諸氏の後姿から自ら学ぶ部分と先輩諸氏がまた教える部分があると思います。この礼儀作法をきちっと身につけていく不断の努力が、その人の品性を磨き、人格を形成していく上で大きなプラスになっていきます。仕事をしていたら人格が出来ると考えることは大きな間違いであり、仕事を含めた日々の生活における、あらゆる言動、立振舞いがその人となりを作っていくのです。陽明学の『伝習録』に「事上摩錬」という言葉があり、毎日の生活の中で自分を鍛え上げていくことを説いていますが、礼儀作法もその一つと言えます。

一昨日の入社式ではこのようなことを話しましたが、人物になるための努力とは、死ぬまで休むことなく続けないといけない努力であり、私自身も続けています。そういう真摯な努力が最近の若い人を見るとなくなって来ていると思います。自分に与えられた課題に真摯に取り組み、これをきちっとやり続けることが大事なのですが、昨今は何でもHOW TOもの、浅薄な知識や浅知恵を身に着けて一人前な顔している人が実に多いと感じます。しかし、それは害にはなっても、プラスには全くなりません。

また、人に責任転嫁する若者が非常に増えているとも感じています。先輩が悪いから、親が悪いから、先生の教え方が悪いから、環境が悪いから。それでは駄目だと思います。『論語』の中に「君子は諸を己に求め、小人は諸を人に求む」という言葉がありますが、君子はあらゆることの責任を自分が負い、人に決して転嫁しません。それをやるのは小人なのです。だから私どもの仲間には、君子を目標に日々努力し、人物を磨いてほしいと願っています。そして、こうしたことをしっかりと実践し、人物の一つの条件である、恒心(常に定まったぶれない正しい心)を持ってほしいと思います。




 

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