北尾吉孝日記

『「易経」に学ぶ①』

2009年3月2日 17:25
この記事をシェアする

最近私は『易経』を研究テーマとして、暇があればその本を読んでいます。易経とは、中国の戦国時代末期から、漢代初期にかけて完成されたと言われる易哲学であります。この易経は漢の武帝が儒教を国教と定めた時に、いわゆる『四書五経』の五経の一つとなりました。時代を超えて、東洋だけではなく、西洋の哲学者も随分とこの易経に影響を受けており、例えばアーノルド・トゥインビーなども、その一人であると言われています。この易経は中々難解でして、私も若い時から何度かチャレンジしましたが、途中で辞めてしまいました。もちろん小さい時から父親が、耳にタコができる位に易経の言葉を我々子供たちに言っていましたので、その言葉は耳に入っています。

例えば、「積善の家には必ず余慶有り。積不善の家には必ず余殃有り」。これは即ち「善行を施している家は余分の恵みがあります。逆に不善を施している家は余分の災いがあります」という言葉です。あるいは私の社長室にも飾ってある言葉ですが、「天行健なり。君子は以って自彊してやまず。地勢坤なり。君子は以って厚徳載物」という言葉があります。どのようなことかといいますと、「太陽は一日も休むことなく動いている。それと同じように君子たるものは一日も休むことなく、努力をし続けないといけません。この母なる大地はあらゆる生きとしいけるものをはぐくみ育てている。それと同じように君子は大きな度量を持って、全てのものを受け入れないといけません」という意味です。

あるいは最近インタビューを受けた時に「窮すれば通ず」という言葉を使いました。日本では昔からよく言われる言葉ですが、正確には「窮すれば即ち変ず、変ずれば即ち通ず」ということで、「変ず」という部分が大事であります。「物事が究極まで進行して行き詰まると、そこに新しい変化が生じて来る。その変化が生じると、新しい道が開けて来る」という意味です。例えば米国はオバマと言う黒人が「チェンジ」「チェンジ」と何度も叫ぶことで大統領になりました。まさに米国という国が行き詰まり、そこに変化の必要性が出て来た時、天はその変化を黒人大統領と言う、まさに変化の象徴のような形で託しました。日本も今こそ変化が必要な時です。来る選挙ではおそらく民主党が勝ち、新しい政権が誕生すると思います。日本という国もそのような時期に来ているのではないかと思っています。

また、私が書いた本を謹呈する時に添える言葉の中に、「楽天知命」という言葉があります。「天を楽しみ命を知る、故に憂えず」ということですが、この「故に憂えず」の部分が大切であります。即ち「自分の天命を自覚し、それに安ずれば、クヨクヨ考え悩むことはない」という意味です。あるいは「君子豹変す」という言葉もあります。これは「君子豹変す、小人は面を革む」という言葉が正確であります。「君子豹変す」と言いますと、どちらかと言えば、ガラッと態度が変わってしまい、何か悪いように受け止められますが、それは間違いです。「豹」の毛は秋になると全部抜け替わり、一転してあの美しい模様が出て来ます。そのようなことから「自己革新」、「自己変革」という意味となり、「君子とは自己革新を図り、小人は表面だけは改めるが、本質的には何の変化もない」という意味になります。

このように易経には素晴らしい言葉が沢山ありますが、いざこの64卦の卦をじっくりと読んで行きますと、非常に難解な事が出て来ます。現在、色々なものを参照しながら勉強をしていますが、一体この易経を我々の先達たちはどのように受け止めて来たのでしょうか。




 

(任意/公開)
(任意/非公開)



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.