北尾吉孝日記

『入社式訓示』

2009年4月3日 12:56
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一昨日、我がグループは入社式を行いましたが、そこで私は以下の3つのことを話しました。

一つ目は「大きな志を抱く」ということです。最近は志と野心を勘違いしている人がたくさんいます。この二つは全く違うものなのです。志というのは利他的なものです。だから共有され、後世に受け継がれて行きます。一方、野心とは利己的なものですから一代で完結してしまい、受け継ぐ者が出てこないのです。この志というのは「我々人間は他の動植物の犠牲の上に生命を維持している」、「人は他の人や社会との干渉なしには存在し得ない」という二つの自覚により生じます。この二つの事実から、人は他によって生かされていることを自覚しなければなりません。その自覚が、公のために生きるべきだという使命感・志となって、自らの生き方になってくるのです。そのためにも心を磨き、少しでも社会に貢献できるよう自分を高め続けていくことが必要であります。人間である以上、無欲、没我になるのは簡単ではありませんが、我欲に覆われ、私心に襲われて沈没しては駄目だと思うのです。

二つ目は「礼」についてです。ヘテロジニアスな社会において非常に大事なことですが、それは2つ側面を持っていると私は考えています。一つは礼儀作法で、今風に言えば、エチケット&マナーのことです。例えば朝会えば、「おはようございます」と挨拶をするというような、人間としてごく当たり前の基本的なことです。この礼儀作法をきちっと身につけていく不断の努力が、その人の品性を磨き、人格を形成していく上で大きなプラスになっていきます。もう一つの礼の側面は、社会なり組織の秩序や調和を保っていくということです。先ず第一歩は他人を尊重することです。他人を尊重するから、社会生活が円滑に行くのであります。

三つ目は「主体性の確立」についてです。『論語』の中に「君子は諸を己に求め、小人は諸を人に求む」という言葉がありますが、人が悪いから、親が悪いから、先生が悪いから、環境が悪いから、などとは決して言ってはいけません。あらゆることの責任は自分にあることを自覚しなければなりません。そして、それと隣り合わせにあるのが「主体性の確立」と言うことですが、その責任をとる代わりに自分の意志・判断によって、ありとあらゆる事象に対して能動的に行動していかなくてはなりません。そのためには、例えば、私も自分の修練のためにずっと継続していることですが、「常に当事者意識を持って色々な事象を見つめていく」ということが大切になってきます。新聞や本を読んだ時、あるいはニュースを見た時に、「私だったらどうしただろうか」と常に考えるのです。それが自分の思考力を鍛えることにもなり、自分なりの物の見方・考え方を作っていく上では非常に大事なことだと思っています。

一昨日の入社式ではこのようなことを話しました。私どもの仲間として加わった32名には、これら3つのことを踏まえて日々努力し、人物を磨いて行ってほしいと願っています。また、この人達を人物として育て上げていくことは、私どもに課せられた大きな責務であると思っています。




 

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