北尾吉孝日記

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自民党内で国会議員の世襲制限についての議論が本格化して来ているようです(※1)。
近年の内閣総理大臣を見ますと、日本の政治状況は明らかに異常であると私は思っています。小泉さんは三代目ですし、安倍さんは安倍晋太郎さんから始まって二代目で岸信介さんも親戚関係になります。その次の福田さんも父親の福田赳夫さんが総理になりましたし、現在の麻生さんは祖父が吉田茂さんです。また麻生内閣の閣僚を見回してみても、とにかく世襲議員が目立ちます。例えば外務大臣の中曽根さんの父親の中曽根康弘さんは総理になりましたし、内閣府特命担当大臣の小渕さんの父親の小渕恵三さんも総理になっています。更に言えば、例えば小沢一郎さんも世襲ですし、あるいは鳩山兄弟ももちろん世襲で、この状況は普通とは言えないと思っています。

ではこの状況をどう考えるかと言うことですが、現在も選挙で勝つためには昔から言われているような「ジバン、カンバン、カバン」が必要であり、世襲でなければ政治家になりにくい世界があるということだと思います。選挙には多額のお金が掛かりますし、あるいは色々な良い意見・政策を持っていても、それが中々すぐには受け入れられないという現実も常にありますので、政治の世界は親の七光りが効きやすい世界であると思っています。そのような意味でそれを変えることは非常に難しいとは思いますが、このように世襲議員が当選しやすい状況に関しては、ある程度見直しを掛ける必要性があると思っています。その一方で世襲を制限することは職業選択の自由に反し、憲法違反になるかもしれないので、違う選挙区から出馬させるという考え方もあります。しかし、それでもやはり中曽根さんの子供は中曽根さんですし、小泉さんの子どもは小泉さんですので、当選する確率は非常に高いと思っています。従って、この考え方も中々難しく、陰に陽にやはり親の七光りの影響を受けるのであろうと思っています。

世襲とは何も政界に限ったことではなく、ある意味財界でも見られることです。例えば、今回のトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)の世襲では、豊田章男さんが物凄いスピードで昇進して最後には社長になりました。その一方でトヨタの株式を豊田家は現在どれだけ保有しているのかといえば、それは本当に少ない割合です。そのような状況において、一般的な企業で創業家が世襲をしていくことをどう考えるのかという問題が一つあると思っています。あるいは公益法人であっても、財団法人日本漢字能力検定協会を巡る一連の世襲問題に見られるような状況が続いて来たという事実もあります。世襲という問題はこのように様々な領域で往々にして見られることであります。その中で株式会社イトーヨーカ堂の創業者である伊藤雅俊さんは世襲に対して大変見事な対応をされたと思っています。伊藤さんは世襲を廃して、鈴木敏文さんに繋ぐことで、結果として息子さんは会社を辞めましたが、そのような対応を私は非常に素晴らしいことであると思っています。

私のところに挨拶に来る社長にも「これが息子です」と私に紹介する方が沢山います。その息子は自分の家業だと思っていて、人一倍愛社精神が強いという面もありますので、一概に息子が継ぐことを悪いとは言い切れない側面もあるとは思います。しかしながら、政治における世襲はこのように良い面と悪い面の両方を持っていると言えるのでしょうか。一般的な企業の場合は、例えば創業家のあの人を座らせれば会社が丸く収まる等、世襲における様々な利点は挙げようとすれば挙げられないことはありません。また昔の国を考えて見ましても、継ぐのは息子で、そのために帝王学と称するものを学ばせたりして、一通りの育て方が為されています。現在の日本の天皇の皇太子時代や今の皇太子を見ていますと、ある意味で俗世間から全く離れた世界で純粋培養をされなければ、あのような君子然とした人間が出来ないかもしれないとも思います。従って、「君臨すれども統治せず」という立場にある方が要求されることを考えますと、その意味で世襲の利点があると思っています。

その一方で政治家はその国を先導して行くわけで、それなりの能力、手腕、そして人格を有しなければならないと思っています。孟子は「天これを授け、人与う」と言いましたが、要するに政治家は人望や人気、あるいは徳と言っても良いかもしれませんが、そのようなものを重ね持って、尚且つ能力もある人でなければなりません。「天これを授け」とは人物の出自を言い、これはある意味天が定めたもうた宿命であります。「人与う」とは、そこに徳や人間的魅力で人を集め、同時に能力や手腕で国を引っ張って行くことが出来るといったことであります。従って、多くの世襲議員に見られるように単に「ジバン、カンバン、カバン」を引き継いで国会議員になり、国を先導して行くということは基本的には無理であると思っています。

民主主義の最大の問題点は、昔から言われるように衆愚政治に陥る可能性があるということです。衆愚政治とは、結局人気制度であり、ある種のポピュリズムです。従って、そこでは政策はほとんど意識されず、全く経験も無ければ能力も無さそうに見える候補者が通ってしまいます。そのような人間が指導的立場につくということを、私はとても問題視しています。究極的には独裁主義で、独裁者が最善の人間であれば世の中が最も上手く機能するとは思いますが、社会システムとしてそれは不可能ですので、次善のシステムとして現代は民主主義がほぼ定着しています。そして、絶対多数決による最大公約数により物事が決まっていく世の中ですので、何とも言えない部分もありますが、民主主義とはそういうシステムですので、その弊害を避けようとするならば、やはり有権者のレベルを上げると言うことが必要になります。朝から晩まで「一億総白痴化」に誘うようなテレビ番組ばかりを見て、読書とは凡そ縁遠い人が投票したり、あるいは知り合いや団体の依頼で投票を行うということでは、その弊害を避けることは出来ないと思います。「国会議員は国民が投票により決めることであり、世襲制限することはおかしい」というような意見もありますが、現在の日本の政治のレベルが低いのは結局は投票権を持つ国民のレベルが低いからであります。衆愚政治に陥らないためにも国民一人ひとりが民主主義という社会システムを理解し、日本の政治のレベルを上げる為に行動することが必要であると思っています。

参考
※1:http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090424AT3S2301323042009.html




 

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