北尾吉孝日記

『角倉了以について』

2009年5月8日 13:54
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この連休中に随分沢山の本を読みました。その中にはまだ書籍化されていない原稿の段階の文章もありました。それは平成19年10月に「是非読んで頂きたい」と私宛に送られて来た原稿で、遅まきながらようやくそれを読了することが出来ました。

その原稿は角倉了以(すみのくらりょうい、本姓:吉田与七)について書かれたものですが、この人物をご存知の方は非常に少ないのではないかと思います。なぜなら書籍化するには中々資料が十分とは言えない状況であるため、これまではこの人物に対して十分な紹介がなされてこなかったからです。しかし、この人物は例えば上杉鷹山と並んで人口に膾炙されていても不思議で無いのではないかと個人的に思っています。

角倉了以は安土桃山時代から江戸時代にかけて活躍した人物で、特に江戸時代に入ってから大業を成し遂げました。彼は非常に大きな利権を持った商人として、日本の国土開発事業を私財を使ってある意味で初めて実施した人物かもしれません。例えば、彼は1606年に保津川の開削に着手し、わずか5ヶ月で工事を完了させ、丹波と京の間の物流を飛躍的に発達させました。あるいは大堰川を巨大な船が通れるようにしたり、富士川、天竜川、そして、高瀬川の開削を行うことにより、京の東西南北、更には京と大阪、瀬戸内を含む広大な経済交流を進めました。このように様々な国土開発を行い、日本の発展に寄与した偉大な志を持った人物であります。

私は頂いた原稿を読み始め、一つは時代小説としての面白さから、もう一つは人間学の書としての部分を有していることから、非常に感銘を受け一気に読了しました。私はこの原稿を送ってこられた方に出版されることをお薦めし、それに向けて微力ながら私の出来ることをしたいと書にしたためて送りました。本書が無事出版されることを切に願っています。

皆さんの中で角倉了以についてご存じない方は、是非お調べになられたら良いと思います。




 

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