北尾吉孝日記

『資本主義の将来』

2009年7月3日 9:10
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最近マルクスの『資本論』やシュムペーターの『資本主義・社会主義・民主主義』と言った古典的な本が再び売れ出していると言うことを聞きます。マルクスの理論の大部分は歴史によって間違いであると証明されたと考えている人も多いとは思いますが、そのマルクスの『資本論』の中には「大衆窮乏化理論」と言うものがあります。その理論とは、資本主義に内在する本質的な矛盾が結局は大衆をして絶対的窮乏に陥れて行き、それが階級闘争を引き起こして、やがてはプロレタリア革命により資本主義は社会主義に移行する、と言うものです。私は近代経済学を専攻していましたので、マルクス主義経済学の矛盾を突くことを慶応義塾大学時代には勉強していました。英国のケンブリッジ大学に留学してからは、マーシャル、ピグー以来の伝統である古典的な経済学、そして、そこからケインズ経済学、あるいはサミュエルソンにより提唱された「新古典派総合」と言った学問を私は勉強して来ました。
またシュムペーターは、資本主義において「創造的破壊(Creative Destruction)」により成功を収める大企業が結局は官僚化してその活動を停滞させ、そして、資本主義が滅び社会主義に移行していくと、その大著で述べています。
資本主義自体は今回の世界金融危機に至る過程で自由主義的資本主義、あるいは市場原理主義的資本主義と称されるようなものに変質をして行きました。米国ではレーガン大統領により「レーガノミクス」と言われる経済政策が実施され、英国ではサッチャー首相が同じような政策を採り、そして日本でも「小泉・竹中路線」としてそういった政策が実施されました。これまではそのような経済運営が経済的繁栄を齎したとして評価されて来ましたが、果たして本当に正しい方向性であったのかと言うことが最近は結構問われ始めています。例えば米国でレーガノミクスが始まる前は富裕層の上位1%が所得全体に占める割合は8%ぐらいでしたが、レーガノミクス以後にその比率は大幅に拡大し、17%台にまでなりました。これは明らかに一部の富裕層と多くの貧困層を生み出して中産階級を崩壊させていることに他ならず、その変質した資本主義の結果がこのような今日的問題を引き起こしているのではないかと批判され始めているのです。

今日的な問題とは大きく言って3つあると思っています。
一つ目はグローバルな形で資本主義が急激に進展していく中で、世界の金融経済の不安定性が著しく増加して来ていることです。例えばサブプライムローンに端を発する米国の金融危機が瞬く間に世界中に伝搬していき、世界中が「100年に1度」と言われる大恐慌になると言う状況です。
あるいは各国政府がまずはこの急場を切り抜けようと基本的に基礎的財政収支(プライマリーバランス)に配慮せずに大量の国債を発行して活発に内需刺激策を実施して来ましたが、その結果危機的状況は少し収まって来たような気配はありますが、今度はどのようにしてEXITするのかが世界の大問題となって来ます。しかし、世界中で輪転機を回し過ぎたと言う現状に対して、上手くEXITする知恵を持っている人が誰もいないのが実情です。
そもそもこの輪転機を回すことについて言えば、米国は1971年のニクソンショック以来、金とドルとの兌換を停止し、金の裏付け無しにドルを大量に発行することでその利権を獲得して来ました。そのような中で世界全体の名目GDPの総計、即ち実体経済と世界全体の金融資産残高、即ち金融経済は1980年に100:109でしたが、2007年には100:359と約3.6倍にまで金融経済が膨張しました。要するにこれは世界が投機化して行ったと言うことであると思います。
嘗てガルブレイスが『バブルの物語』の中でバブルの歴史を詳述しています。ガルブレイスはいわゆる「経済学者」ではなく、見識が幅広くあり歴史や社会学、哲学といった分野にも非常に詳しい学者ですが、彼はその著書でバブルの生成と崩壊とは、言わば資本主義、市場経済には付きものであると述べています。バブルはある程度まで行くと当然崩壊してそれを処理すると言う過程に入りますが、歴史的にはその生成と崩壊は資本主義の中で反復されて起こるごく当たり前のことであると彼は述べています。そして、その崩壊の過程の中で(シュムペーターの言う「創造的破壊」とは少し意味が違いますが)一種の「創造的破壊」が起こり、それが無謀な投機家の類をあぶり出して一掃して行く機会になると述べています。また彼はその機会を不可避ではあるが、正常な一つのプロセスであると捉えています。つまり「現代の資本主義は本当に大丈夫なのか」と言うような問題意識に対して、彼は「歴史的に見ればバブルの生成と崩壊は資本主義の中で反復されていることで、現在は無謀な投機家が淘汰整理され再び正常化して行くためのプロセスにある」と考えていると言うことです。
一方で世界の金融経済の不安定性は増加していて、先ほどのEXITの問題はそれほど簡単なものではないと言う見方もあります。世界中で輪転機を回してお金が大量に印刷されていますので、この問題が解決出来なければ世界的なハイパーインフレーションになって行く可能性があると思っています。従って、今後はこのEXITの問題をどうするのかについて世界各国は集中的に協議しなければなりませんが、これは要するにグローバル資本主義体制をどのように管理して行くのかと言うことです。
今回の世界的な金融危機を齎した一因を挙げるとすれば、それは世界経済全体がグローバル化しているにも関わらず、世界全体を統制するような中央銀行が存在しないことにあります。一国の中では中央銀行が実体経済との見合いで通貨の供給量を調節して行くわけですが、世界全体を見るとそのような役割を担う所がありませんので、グローバル経済が進展するに従って、例えば金融経済が実体経済と比較しておよそ3.6倍になるなど、様々な皮肉な状況が起こって来ると言うことになりました。このように金融経済が膨らみ過ぎたことで今回の問題が起こりバブルが弾けたわけですが、景気悪化を食い止めるためにお金を大量に印刷したことで、その後の巨大バブルは余計なバブルになって大インフレを齎し、結果においてそれがグローバル資本主義体制の驚異となる可能性があるのではないかと私は考えています。

二つ目の問題は先ほども少し言及しましたが、現在のグローバル資本主義体制が所得格差を広げて行くと言うことです。なぜそのようなことが起こるのかについては、近代経済学にある「自由貿易(グローバル資本主義体制の一要素)が貫徹されていれば生産要素価格は均等化される」という「生産要素価格均等化法則」から考えることが出来ます。例えば生産要素価格の中で最たる人件費を見ますと、中国の人件費は日本より遙かに安いので日本と中国で同じモノを作れば、輸送費を考慮したとしても当然ながら中国のモノの方が安くなります。従って、中国のモノが買われて日本のモノは売れなくなり、日本の雇用は失われて行きます。このような状況が進行する中で日本企業は生産拠点を中国に移転しますので日本の雇用自体が減少して行く一方で、中国では雇用が多少増加して行きますので中国の人件費が上がって行きます。即ち中国(低い方)の人件費が多少上がり日本(高い方)の人件費が下がると言う中で、生産要素価格(この場合では人件費)は低い方に鞘寄せされた形で均等化されて行くと言うことです。
日本では小泉政権下において年収200万円以下の人の数が1000万人を超えると言う状況になりました。また小泉氏は天下の悪法と言わざるを得ない改正労働者派遣法を制定させ、アルバイトや派遣、契約社員などいわゆる非正規雇用を大幅に増やして来ましたので、今回のように景気が悪くなると正規雇用以外の労働者は余計にクビを切られることになります。従って、日本では完全失業率が5.2%と悪化の一途を辿っていますが、世界的に見ればそれはまだ良い方で、例えば欧州には10%を超える国が幾つあり、そのような意味では一国内において所得格差が起こっていることが分かります。
では国家間の格差についてはどうでしょうか。これについては以前ブログで書いた通り(『グローバル資本主義における諸問題』)、ある意味で活力ある持続的高度成長を遂げることに成功した国はエネルギーや食料において益々大きなパイを占めて来ることになりますし、一方で蚊帳の外に置かれたアフリカやアジアの一部の国および国民は益々困窮を極めると言うことになります。
経済学者の岩井克人先生は「資本主義の根底を流れるものは差違で、それを作り出すことこそがまさに資本主義の原動力となっている」と言うように看破されていますが、私もある意味でその通りであると思っています。日本でも所謂「ミドルクラス」が漸減するような状況になり、富裕層と貧困層という二極化が生み出されつつありますが、今後その状況は更に深刻化して行く可能性があると思っています。従って、そのような意味でも今回の選挙は非常に重要であると考えており、このまま自公政権を続ければ格差の状況は余計に強まって来る可能性があると私は思っています。

三つ目の問題はソーシャルコスト(社会的費用)という概念の欠如です。例えば環境コストについて言えば、グローバル企業は基本的に環境コストに対する配慮はありませんので、何の規制も無い中国で環境に対するコストを掛けずに生産活動を行い、利潤の最大化を図ろうとします。そのような経済構造において現在の中国はあらゆる公害を世界中に撒き散らしていますが、そういったソーシャルコストを払うと言う概念がグローバル資本主義体制の中で欠如して行ったと言う問題があります。

このように大きく言って3つの問題がありますが、それに対してどう対処して行くのかと言えば、当然規制を強化する方向に進んで行きます。そうしますと自由主義的資本主義、あるいは市場原理主義的資本主義と称されているものに様々な形で規制が加えられ、修正された資本主義になって行くと思われます。そして、今回の金融危機はまさに金融を張本人として世界は受け止めていますので、取り分けその規制は金融分野に加えられると考えられます。米国に遅れること20年以上、英国に遅れること10年以上で、日本にもようやく規制緩和の波が来たことから、私どもは1999年から様々な事業を立ち上げて来ましたが、今回の金融危機を受けてこれから色々な規制強化の動きが出てくるのではないかとその動向を注視しています。

資本主義の将来は一体どうなるのか。経済的繁栄がグローバルに伝搬する良い状況であると思われて来たグローバル資本主義は果たして本当に良い体制なのか。そのような状況下で一国内、国家間で格差が拡大している事実があるが、本当に社会は良い方向に行っているのか。このようなことが大きな疑問点としてあります。嘗てマルクスは産業革命後の社会を見て資本主義の崩壊を予言したわけですが、現在は成長したが故に資本主義自体が再び大変難しい局面に入って来ていると思っています。これまで人類はマルクスが指摘したような問題点を克服しながら資本主義を今日まで進化させてきましたが、今度はグローバル資本主義と言う中で新たに克服すべき大きな困難に直面しているのではないか、と私は考えています。




 

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