北尾吉孝日記

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今週22日、米国上院銀行委員会でドッド委員長が示した金融規制改革法案が可決され、同法案は本会議に送られました。

同法案には様々な規制が盛り込まれていますが、私は金融分野における規制というものは原則的に最小限にすべきであると思っています。例えば、「銀行によるヘッジファンドへの投資を禁止する」ということについて言えば、それは誤った規制で、問題は投資リスクについて規制当局や銀行側が十分に認識しているかどうかということであり、投資自体を禁止する必要は無いと思います。
銀行もやはり収益を上げて行かなければなりませんので、リスクが確りとコントロールされる限りにおいて、その収益の極大化を目指し、様々なリスクを取って行くということは金融機関の本来あるべき姿であると私は思います。そもそも金融機関とはそのようなものであり、様々な規制で縛りつけるとすれば、その収益は低迷して行きますし、収益が低迷すれば雇用も減少して行きますので、色々な意味でこの法案が本当に良いものかどうかということについては、確りと見極める必要性があると思います。

またそもそも銀行というプロフェッショナルを規制する必要性が果たしてどれほどあるのかということも考えなくてはなりません。プロフェッショナル性が十分ではないと言うならばともかく、少なくとも当局は銀行業の免許を各行に付与していますので、プロフェッショナルということになるわけです。従って、その銀行を規制するということが一体どういうことなのかということになってしまいます。
それからもう一つ、銀行による自己勘定での高リスク取引やヘッジファンドへの投資禁止等の規制については、自己資本比率で適切な基準を設けることで規制対象から外される金融機関が出てくるということならば意味があるかもしれないとは思います。つまり余りにも自己資本の少ない金融機関を規制するということならば、分からないこともないということです。

今回の「米国発金融危機」の原因は、CDO(Collateralized Debt Obligation)やCDS(Credit Default Swap)といった金融デリバティブ商品が膨れ上がり、そしてまたそれらが細々にされエキゾチックに混ぜられて、そのリスクの所在が誰も分からなくなったということにあり、最も大事なことは各商品のリスクを把握出来る状況を作って行くということです。つまりCDOやCDSがマーケットできちっと取引され、それらがどれだけ発行されているのかということを全体の量として確り把握していることの方が、私はむしろ大事なのではないかと思っています。そして、例えばCDO市場が急拡大している場合や明らかに異常であると認識されるような時に、当局が規制出来るという状況を作っていることが重要なのです。また例えばサブプライムローンのような商品そのものを規制するというような議論は、あっても良いと私は思っています。

どの業種においても、規制をどのように掛けるべきかについては、兎に角難しい問題ですが、その中でも特に金融というものはそもそも自由を好むものですので、その世界で規制を掛けるということは非常に難しいです。例えば日本の銀行業界について見てみますと、非常に長期に亘り規制をし続けてきた結果、日本の銀行は(メガバンクになっても未だもって)欧米の銀行に比べ生産性が低く、グローバルな競争を勝ち抜いていけるというような状況ではありません。そして、このような状況は銀行に限ったことではなく、日本の非製造業における生産性の低さにこそ、あらゆる日本の問題点が凝縮されていると言えます。
日本の全産業の生産性は製造業が大きく牽引しているという状況で、製造業の生産性上昇率は1990年代以降(~2000年代前半)一貫して上昇しています。その一方でなぜ非製造業の生産性が低いのかと言えば、それは十分な競争がなされていないということに起因していると考えられ、製造業のGDP比率が大きく低下する中(1980年:28.0%→2008年:19.9%)、日本の非製造業分野の生産性向上というものが急務の課題となっています。今後日本は少子高齢化社会となり、人口が減少する世界に入って行くわけですが、その中で経済成長力が上がる唯一の方法が生産性の上昇なのです。従って、日本の金融の生産性上昇率を高めると言った意味でも、間違っても今回米国で示された金融改革法案における規制を日本が猿真似するというようなことは無いようにしてもらいたいものです。




 

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