北尾吉孝日記

『横綱・白鵬関について』

2010年9月24日 9:08
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「野球賭博問題」は角界にとって正に死活問題に繋がり得る大きなインパクトを与えましたが、これまでもブログで何度も指摘してきた通り、角界では「朝青龍問題」や「時津風部屋力士暴行死事件」等々、以前から枚挙に遑が無い程、次々と色々な問題が噴出していました。
そのような不祥事続きの角界において、「千代の富士(現九重親方)の53連勝を抜き、昭和以降単独2位」の連勝記録を更新し続けている白鵬という人物は大変立派であると思っています。

歴代1位の連勝記録を持つ双葉山(第三十五代横綱)は安岡正篤先生に傾倒していたそうですが、彼は当時前頭4枚目の安藝ノ海(第三十七代横綱)に敗れて記録が69連勝でストップした時、洋行中であった安岡先生に「未だ木鶏に及ばず」と打電したという逸話があります。
実は安岡先生は「横綱になる前の大変人気が出てきた頃」の双葉山に『荘子』外篇達生や『列子』黄帝に出てくる「木鷄」の話をしたことがあったそうですが、その話を「安岡正篤「一日一言」|致知出版社-安岡正篤先生のページ」の『名横綱双葉山と木鶏の逸話』より引用し下記にてご紹介します。

【紀渻子(きせいし)、王の為に闘鶏を養ふ。十日にして而して問ふ、鶏已(よ)きか。曰く、未だし。方(まさ)に虚憍(きょけう)にして而して気恃(たの)む。十日にして又問ふ。曰く、未だし。なお影響に応ず。十日にして又問ふ。曰く、未だし。なお疾視(しつし)して而して気を盛んにす。十日にして又問ふ。曰く、幾(ちか)し。鶏、鳴くもありと雖(いえど)も、已に変ずることなし。之を望むに木鶏に似たり。其の徳全し。異鶏敢(あえ)て応ずるもの無く、反って走らん。】

【紀渻子という人が闘鶏の好きな王(学者によって説もありますが、一般には周の宣王ということになっています)のために軍鶏(しゃも)を養って調教訓練しておりました。そして十日ほど経った頃、王が“もうよいか”とききましたところが、紀渻子は“いや、まだいけません、空威張りして「俺が」というところがあります”と答えました。さらに十日経って、またききました。“未だだめです。相手の姿を見たり声を聞いたりすると昂奮するところがあります”。また十日経ってききました。“未だいけません。相手を見ると睨みつけて、圧倒しようとするところがあります”。こうしてさらに十日経って、またききました。そうすると初めて“まあ、どうにかよろしいでしょう。他の鶏の声がしても少しも平生と変わるところがありません。その姿はまるで木彫の鶏のようです。全く徳が充実しました。もうどんな鶏を連れてきても、これに応戦するものがなく、姿をみただけで逃げてしまうでしょう“と言いました。】

双葉山が「未だ木鶏に及ばず」と打電した逸話からは、それだけの勝ち星を重ね続けて行くということが如何に難しいのかが分かります。
白鵬は一人横綱の世界で相手が十分に揃っていないという意味では運に恵まれている部分もあるのかもしれませんが、やはり今回の偉業については彼の日頃の精進を大いに称えるべきではないかと私は思います。
更に言えば、前回の名古屋場所はNHK初の生中継中止、日本相撲協会初の天皇賜杯自粛という異例の状況下で開催されましたが、その中で全勝優勝した彼が述べた「この国の横綱として、力士の代表として、賜杯だけはいただきたかった」という印象的な言葉を聞いて、この人物は大したものだというように私は感じました。

何れにせよ、このような一つの業を達成し、それについても今後どこまで行くのか分からないような状況を作り出すということは、やはり人物というものが出来ていなければ不可能なことではないかというように私は改めて感じています。
今彼は正に心技体というものが完全に渾然一体とした最高の状況にあるのではないかと思いますが、今後も角界を盛り上げるべく、彼には活躍し続けて欲しいものです。




 

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