北尾吉孝日記

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先月11日の「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版」に「【日本版コラム】日本でもフェイスブックのような大型ベンチャー企業が生まれるためには?」と題した記事がありましたが、今回はなぜ日本のIT分野において大型ベンチャー企業が生まれないのかというテーマで以下述べて行きたいと思います。

このIT分野におけるイノベーションというものを考えますと、これまでは米国がその全主導権を取ってきたといっても過言ではありません。
Youtube、Facebook、Twitter等々、日本はあらゆる部分において全てフォロワーできているわけですが、ではなぜいつも日本は主導権を取ることが出来ないのでしょうか。
その根本要因の一つとして言語的ハンディキャップが挙げられると私は認識しています。
つまり英語圏の米国で生まれたものは超短期間で世界中に伝播しますが、日本で生まれたものは日本語版だけで世界にセールスを掛けられるかと言えば、デジタル家電の類とは違い残念ながらほぼ不可能であって、その意味で大きなハンディキャップを背負わされているというわけです。
またイノベーションを生み出そうとする場合、嘗て日本は様々な分野でイノベーションを起こしてきたわけですが、それは製品として世界にセールスを掛けられるものでありました。
しかし上述したことに関しては正にソフトの世界の話であって、ソフトは英語で作成して初めて売れるようになりますし、また日本で生まれたものを英語に直してリリースしたところで上記問題が解決されるというわけでもありませんので、やはりそのハンディキャップは非常に困難なものであると言わざるを得ません。
従って、そもそもそのような中では基本的にオリジナルコンセプトはそのままにした上で、日本のマーケットを対象として日本人的好みに合致する色々な要素を加えたものを日本流にアレンジして行くというようになり(例えばYoutube⇒ニコニコ動画という流れ)、それが日本のIT分野における長年の歴史となっています。
それ故私は今でも上述した意味での言語的ハンディキャップ、即ち言葉をある意味共通化出来ることのメリットというものを痛切に感じているわけです。

本ブログのテーマからは少し離れる部分もありますが上記文脈で英語の持つパワーというものについて更に述べますと、インドと英国を例に考えれば非常に分かりやすいかと思います。
まずインドという国について言えば、大半の子供達が通うパブリックスクール(私立学校)では英語で授業が行われており(※1)、インドは単一国でみると世界最大規模のイングリッシュスピーカーを抱える国となっています。
従って、米国企業がアウトソーシングをする時はインドをターゲットに置きながら実施して行きますので、インドのIT分野における発展に繋がって行ったということになるわけです。
そのような意味でも言葉というのは非常に大事であると言えるわけで、英語こそがインド最大の利点というように私が考える所以はそこにあるのです。
また英国について言えば、嘗て7つの海を支配し「英国の領土に日没することなし」と言われた時代がありましたが、英国の先人達はその時代に英語というものを世界中に浸透させました。
今や考えてみますと母国で碌々エデュケーションを受けていないような外国人が多数来日し英会話講師として生計を立てているという現実があるわけで、言ってみればこれこそが英国の祖先が残した彼らの子孫に対する最大の遺産であると私は思っています。
以上、蛇足ながら上記2カ国について述べてきましたが、私はこのことからも英語の持つパワーを痛切に感じざるを得ないわけです。

参考
※1:諸外国の学校情報(国の詳細情報)




 

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