北尾吉孝日記

『人物を得る』

2011年3月1日 14:13
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昨日深夜、「総額92兆円のうち4割を超す財源の見通しが立っていない異例の2011年度予算案が、与党の賛成多数で衆議院を通過しました」が、「その財源を担保する予算関連法案は、参議院での成立の見通しが」立っていないのが現況であり政局は混迷を深めています(※1)。
そして、会派離脱を宣言した「16人の一部の造反でも政権運営への影響は」大きく、「予算関連法案の衆院再可決に必要な3分の2以上の議席確保は仮に社民党などの協力が得られても極めて厳しく」なっており、予算関連法案が衆議院を通過することはないというように私は見ています(※2)。

政治というものは畢竟「人を動かし、世を動かすこと」であると私は思います。
人はどのようにすれば動くのか、況して現在のような大事においてどのような人を自分の周りに置くのかは極めて重要なことです。
国のトップであれ、企業のトップであれ、人を得るために最大限の努力をすべきことは当然のことであると思います。
ところが菅内閣の陣容を見ますと、小沢元代表に私怨を持っているような議員を中心とした体制を敷いて行くということで挙党態勢とは程遠いようなものとなっています。
特に官房長官という最も大事な職責に仙谷氏や枝野氏のような低レベルの人物を置くというようにお粗末極まりないわけです。
そして挙げ句の果てにはこれまで散々戦ってきた、たちあがれ日本の元共同代表・与謝野馨氏を経済財政担当相として政権の中核に据え、経済も未だデフレから脱却していない状況下、増税に関する発言ばかりを繰り返しているという始末です。

この国の危急の時に政は一体何しているのかと呆れ果ててしまいます。
トップというのは人を見るの明、そして人を用うるの徳といったものが絶対的に必要であります。
そして人に対しては甘いだけではなく厳しさも必要であり、弛緩した組織では新しく戦って行く挑戦力というものは決して発現してはきません。
更なる精神の飛躍、そして人間としての使命を果たそうと思う方に是非読んで貰いたいのが中国明代の著名な思想家である呂新吾の『呻吟語』というもので、その中にどのようにして人物を見つけるのかについて書かれた一節がありますので下記ご紹介します。

呂新吾が何を述べているのかと言えば、まずは「大事難事に擔當(たんとう)を看る」ということです。
即ち、事が起こればその担当官の問題への対応能力を見るということ、そしてそれに併せて、仮にそのような事において自分自身はどのように処するのかということを常に主体的に考えるということです。
次に述べていることは「逆境順境に襟度を看る」ということ、即ち襟度の「襟」というのは「心」を指しており「度量の深さを見る」ということであります。
世の中というものは良い時が来れば悪い時も必ず来るわけで、万物全て平衡の理に従って動いており、そのような時に襟度を見ると言っています。
更には「臨喜臨怒に涵養を看る」と書いてあり、「臨喜」というのは喜びに臨んだ時に恬淡としているか、「臨怒」というのは怒りに臨んだ時に悠揚としているかというようなところに涵養を見ると述べているわけです。
そして最後に「郡行郡止に識見を看る」ということ、つまりは大勢の人(群行群止)の中で人を見るというように書かれています。
その人が大勢の中で大衆的愚昧を同じようにしているのか、それとも識見ある言動をとっているのかということを見る中で人を見抜いて行くということです。

私もこれまでずっと人を見続けてきていますが、つくづく感じるのは人を見るのは非常に難しいということです。
例えば投資をするのも結局は人であり、単にどこの会社でも行っているような「ビジネスプランがどうであるか」「現状のマーケットサイズがどうであるか」「現状のマーケットサイズが将来どう変わるのか」といった一般的なことだけを見ていても成功確率がそれ程上がることはないのです。
その一方で私どもが約650社に投資を行い17,8%程度の成功確率を上げるというように驚異的な結果が齎されているのは、私の経営者を見るの明やSBIインベストメントを中心とする所轄の人達の眼力が活かされているということだと私自身認識しています。

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参考
※1:予算案が未明に衆院通過 造反16人は採決を欠席
※2:予算関連法案:再可決は絶望的 解任採決15人欠席、民主執行部想定外




 

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