北尾吉孝日記

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一部報道にもあるように(※1)、昨日私はワタミ株式会社代表取締役会長であった渡邉美樹候補の都知事選出陣式に参加してきました。
今回はそこで行った応援演説の一部分である「政治の三要素」についてブログに記しておこうと思います。

中国古典流に言えば、政治というのは三つの要素に分かれます。
一つは政治の政に道と書く「政道」というもので、時代劇などを見ると「天下の御政道」というようなことがよく出てきます。
政道というのは正に政治の根本中の根本であり、その国の君主なり皇帝なりが行う政治の哲学思想に関わる最も根本的な部分です。
そして政道の次は「政略」というもので、その政道を踏まえ活用しながら如何に具現化して行くのかということを政略と言います。
政略となると具現化、具体化ということに繋がりますので、それが正に事務を要する仕事になるわけです。
従って昔から事務をする主体が官僚というものであり、その官僚により行われるのが「政策」というものです。
以上、「政道」「政略」「政策」の3つが政治の三要素というものであります。

ところが昨今の日本の状況を見ていますと、例えば180度違うことを主張していた与謝野という人がある日突然内閣の主要ポストに入るとか、あるいは「普天間基地移設問題」に関して兎に角「反対、反対」の社民党が連立政権に参加するとか、あるいは今回の地震による大災害を受けて「大連立」の話が出てくるといった具合で(※2)、全く以て政道というものがありません。
日本の政治家は一体如何なる哲学思想の下、政治を執り行おうとしているのでしょうか。
政道の違いをある意味象徴しているのが政党の違いというものですから、それが合流するというのは一体どういうことなのかと理解に苦しみます。
そして合流にあたっていつもなされるのは政策協議だけであり、日本では政道・政略について一切忘れ去られています。
このように日本は政治においては最も枢要な要素が忘れ去られる国になっています。このことこそが、日本政治の退廃を招いている根本要因であるというように私は感じています。

では渡邉候補にとっての政道が何かと言いますと、彼は非常にシンプルな形で表現しています。
即ち、お金ではなく感謝、有難うを集めるということを政治哲学とし、そしてまた彼は政道に会社経営を如何に生かして行くのかというように考えているのです。
国政も都政も一種の経営であり、そこには収支が必ずあって黒字や赤字があるわけです。
従って、如何に赤字を減らし、如何に黒字もある意味減らしながら国民の税負担を下げて行くことが出来るのかということにおいて、国や都の経営というのは考えて行かねばなりません。
企業の場合は事業を発展させ雇用を増やして行くという意味や、あるいは黒字を増やし多くの税金を払って行くという意味において社会貢献して行くわけですが、公的組織体においては多額の黒字が計上されるならば、それは国民に還元されるべきものであります。
従って、公私においてはそのような異質な部分があり、上述の「如何に黒字もある意味減らしながら」というのは正にこの文脈で述べたものですが、基本的には経営を政治に持ち込むというのは正しい考え方であると私は思っています。

ドイツの財政学者アドルフ・ワグナーによる「国家経費膨張の原則」というのが昔からありますが、国家経費というのは官僚組織が肥大化する中で常に増加して行きます。
今世界で最大の官僚組織を抱える国は中国であり、そのために膨大な費用が使われているわけですが、日本については官僚組織肥大化のある意味での根拠になっているのが1950年代や1960年代に作られた様々な法制度であると私は捉えています。
先週の『日本と中国』と題したブログでも述べた通り、例えば1952年に制定された農地法は日本農業の近代化を遅らせた大きな責任がある法律ですが、それを根拠法として様々な団体が作られ大量の天下りが如何に行われてきたかということを今一度考えてみるべきです。
このような事例を廃絶すべく根拠法から切り捨てる所に経費節減というものがあるわけで、蓮舫氏等により実施されてきた所謂「事業仕分け」というのはこれまでの実績から見ても分かるように殆ど経費節減効果はなく、全く以て無意味なことなのです。
あるいは今回の大地震との関連で言えば、最大の遺物であると思っているのが明治時代から続く「電源周波数」の相違問題であり、なぜこの狭い日本において未だに50ヘルツ/60ヘルツと2種類の周波数を存在させなければならないのでしょうか。
もしそれが統一されていたならば、中部電力や関西電力における余剰電力を東京電力等に即送電出来たはずであり、これまでその統一を実現しなかったことに政治の責任というものがあるのです。
このような時代遅れで現代において弊害となり得るものを刷新して行くことこそが本来政治において行われるべきことであり、これが企業の経営の考え方というものです。
企業経営者であった渡邉候補はそのような考え方をどんどん推し進めることが出来得る人物であると思っていますし、正にそれこそが政道に経営の哲学思想を持ち込むということなのです。

大蔵省や経済産業省といったように昔から官僚組織においては「省」という字が用いられますが、この理由を皆さんはご存知でしょうか。
省という字には「省(かえり)みる」という意味と「省(はぶ)く」という意味がありますが、官僚組織というのは常に省みて省くということをして行かなければ、上述したような肥大化に繋がってしまうからなのです。
そのことをワーグナーなどが言う前から省という2つの意味を持つ漢字を様々な役所に当て嵌めた中国人の偉大さに私は非常に感心しています。
現在、日本の官僚組織が肥大化を続けるのは、この省みて省くということを忘れているからに他ならないというように私は思っています。

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参考
※1:ワタミ前会長、スカイツリーを背に「都を再興のエンジンに」 第一声
※2:大連立期待論、閣僚から相次ぐ 自民幹事長は首相批判





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  1. お疲れ様です。今日は母親の実家に遅ればせながら「お線香」をたむけに行かせていただきました。90歳親戚のおばあちゃんから「貴重な」言葉を色々とお聞かせ頂けました。感謝です。



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