北尾吉孝日記

『2011年度入社式訓示』

2011年4月4日 18:20
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先週金曜日SBIグループは入社式を実施し、そこで私は訓示を行いました。
以下、本ブログでは私が新入社員に伝えたことを記しておきます。

貴方達は大変な時に入社式を迎えることになりました。
会社によっては入社式を取り止めたり、あるいは延期するといった所もありますが、私どもの場合は通常通り行います。
新卒採用を始めてから早6年になりますが、我がグループでは若い人達が徐々に第一線で活躍するようになってきており、新入社員の中には既に幾つかの会社の役員になっている者までいるという状況です。
さて貴方達は大学を卒業し社会人になって行くわけですが、卒業式というのを米国英語で何と言うのか知っていますか?
それはcommencementと言います。
commenceというのは始めるということであって、新しいことを出発して行くというのがcommencementの意味です。
従って、卒業イコール終わりというではなく正に人生がスタートして行くということであって、それ故にcommencementという言葉を使うのです。
ではここからどのようなスタートをして行くのかということですが、四字の熟語を使って一言で言えば「独立自尊」ということです。
「独立」というのは独りで立つと書きますが、それは自分達の2本の足で確りと地に足をつけて立って行くということであり、今後は親に依存したりはせず自立して行くということをまずは心に誓わなければなりません。
これから様々な困難に直面した時、親に頼むのではなく自分達で問題解決をして行くという力をここから身に付けて行かなければならないのです。
そしてもう片方の「自尊」というのは自らを尊ぶと書きますが、これは一体どういうことなのでしょうか。
自らを尊ぶというのは自らを大切にし品性を保つということであり、これが福沢諭吉翁の言う自尊の意味なのです。
では自らを大切にし品性の高い人間になるには、どうすれば良いのでしょうか。
人間を形成する三要素とは、一つは御先祖様から脈々と受け継いできている「血」、次にどのような環境の中で育ってきたかという「育ち」、そして最後は「学問修養」のことです。
「血」や「育ち」を変えるのは非常に難しいことですが「学問修養」によっては変えることも可能となり、そしてまた自分の品性を高めて行くことが出来るようになるわけです。
ピーター・F・ドラッカーはその著書の中で「経営者がなさねばならぬことは、学ぶことが出来る。しかし経営者が学び得ないが、どうしても身に着けなければならない資質が1つある。それは天才的な才能ではなく、実はその人の品性なのである」と言っているように(※1)、人間としての品性を高位に保つのは非常に難しいわけです。
必死になって学問修養をしなければ、自らの品性を高位に持って行くことは出来ません。
そしてその学問というのはこれまで貴方達が小学校から大学まで習ってきた時務学と称するもの、即ち言い方を変えれば末学のことを指しているのではありません。
ここから本格的に身に付けて行かなければならない学問は、本末の本である本学のことなのです。
人間としてこの世に生を受け、どのような人生を世のため人のためにして行くのかということを学ぶのが人間学であり本学なのです。
今までの学問、即ち小学校から大学までの学問というのは答えのある学問であり、歳と共に多少程度は上がってくるのかもしれませんが、大体において知識を習得すれば答えが導き出されてくる極めて簡単なものです。
しかしこれから貴方達が真剣勝負して行かなければならない学問、あるいは修養というものはそう簡単に身に付くものではありません。
「人生如何に生きるべきか」「一体自分の天命とは何か」「天はどのような能力や手腕を自分に与えたもうたのか」「その能力や手腕をどのようにして開発し、世のため人のために生きて行くのか」「自分と他の人間との関わり合いはどうなのか」「自分と社会との関わり合いはどうなのか」「日本だけではなく全世界の中で自分はどうあるべきなのか」といったことを日々考え続けて行かなければなりません。
貴方達は今までそのような学問を余りしてこなかっただろうと思いますが、その学問をこのcommencementにおいてして行かなければならないということです。
そして論語の中に「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。」とあるわけで、貴方達はもう直ぐ30歳になり、立志の年、即ち志を立てる年になるのです。
何時までも志が立たなければ「四十にして惑わず。」とは行かず、何時まで経っても惑い、どう生きて良いのか分からないというような人間にしかならないのです。
貴方達が20代にどれだけの学問修養を行うのかが、立志の年以降の人生の歩みを大きく左右するのです。
そして一度志を立てたならば、それを死ぬまで貫き通すという覚悟をしなくてはなりません。
そのようなものが立たない人間は、中途半端な人間にしかならないのです。
貴方達にとって毎日が真剣勝負です。私自身も毎日真剣勝負しているのです。
「血」と「育ち」は陰に陽に貴方達の人生に様々な影響を与えて行きますが、学問修養をすることによってマイナスに出る部分を出さなくすることが出来るようになりますし、そしてまた貴方達の良い面を更に伸ばすことも出来るようになるわけです。
その意味において学問修養をして行かなければなりませんが、そのためにもまずは自らを律しなければなりません。
『大学』に「明徳を明らかにする」、即ち「自分の心に生まれ持っている良心を明らかにする」とありますが、今後は「このようなことをして良いのかどうか」ということを自分の明徳に聞き自問自答するというように自らを厳しく律して貰いたいと私は強く思っています。
そして学問修養については私自身も沢山の本を執筆し「どのように生きて行くべきか」「何のために働くのか」といったことを若い人達も含め皆に指導してきています。
それは人間学の様々な書を読み、そしてひたすら修養努力をしてきた私の60年間の人生の結果なのです。
これを貴方達に伝授しているわけですから、そのような本を真剣に読んで自らを鍛えて行かなければならないということです。
それから今後の配属先においては夫々の所で夫々の時務学、即ち言い方を変えれば所謂専門知識があるわけですが、そのようなものは早急に身に付けなければなりません。
たらたらと遊んでいる暇は無いのであり、遊んでいたら遊んでいただけの結果しか出てきません。
二宮尊徳翁の言葉に「積小為大(小を積みて大と為す)」とありますが、人生は積み上げて行くものなのです。
そのように日々努力しながら専門知識を身に付け、そして「学ぶは真似ぶ」、つまり先輩諸氏の真似をして行かねばなりません。
最近は直ぐに先輩諸氏を批判する新入社員が多いですが、批判する前にまずは彼らから学ぶべきであり、何も出来もしないで批判するような人物はまず大成することはありません。
若い時に最も大事なことは「素直さ」「謙虚さ」であって、そのようなものを持たない人は絶対に伸びては行きません。
謙虚で素直な人はスポンジが水を吸い込むが如くあらゆることを吸収して行くのであり、そしてその上で職業人としての自己を確立して行けば良いのです。
あらゆる事柄において自分の主義・主張・立場を明確にし、「自分ならどう処するのか」というように主体的に生きて行くことも非常に大事なことです。
例えば本を読むにしても直ぐに感化されるということではなく、「その場面に直面したら自分ならどうするのか」ということを常に考え、頭を使いながら読んで行くのです。
その意味で今回の福島原発事故における菅総理の対応を考えて見ますと、最早自分達ではどうにもならなくなって初めて米仏等に助けを乞うているという有様です。
では仮に私が日本の総理大臣であったならばどうしていたかと言えば、あの事件勃発直後に米国大統領に電話を掛け支援を要請していたことでしょう。
米国という国は日本とは違って、原爆を自ら作り、日本に投下し、数多の核実験を実施し、そしてThree Mile Islandでの原発事故まで経験した上、専門家と称される人が数百人はいるのです。
そのように問題処理能力が日本に比して格段に高い国の支援無くしてどう対処するのかというわけで、日本政府及び日本の”専門家”と称する人達は全く役に立たないと言っても過言ではありません。
東電は東電で原子炉を廃炉にすればコストが掛かってしまうということばかりを考え、初期段階での海水による冷却に躊躇しました。
その結果これだけの大惨事となり、最早制御不能という状況になって初めて米仏等に助けを乞うているわけで、これを愚かと言わずして何と言うのでしょうか。
この程度の人物が総理大臣をしている国ですから今回のような大惨事が引き起こされたのもある意味納得行くことですが、貴方達は決してその程度の人間にはならぬよう日々真剣勝負で学問修養をして行かなければなりません。
人生は判断の連続であり、夫々の場面で的確に判断が出来なければ未来は潰えてしまうのです。

貴方達はSBIグループに就職出来て本当に良いのであろうと私は心底思います。
何故私が良いと思っているのかということを次に述べたいと思います。
2008年のリーマンショック後の状況、あるいはもっと遡れば80年代に蓄積された巨大バブルが崩壊した後の90年代以降の日本の状況を見れば一目瞭然ですが、少しでも気を緩めるようなことがあれば企業というものは直ぐに崩壊してしまいます。
例えば富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行など大銀行と言われていた銀行群が公的資金の注入無くして経営が立ち行かなくなるという状況に陥り、そして更には規模拡大によってメガバンクが生み出されてきたというように全て国すなわち国民の税金により助けられてきたというわけです。
世に大企業と言われていた会社を見れば、例えば日本長期信用銀行や日本債券信用銀行のように巨大バブル崩壊とともに潰れた所もあれば、外国資本に助けてもらわなければ日興証券のように実質潰れたような所もあって、山一證券などは疾うの昔に潰れているわけです。
所謂日本の四大証券の一角が崩壊し、大和証券についても銀行と協業しなければ立行かないような状況に陥ったわけですが、漸く回復してきたことから今度は袂を分かつというようになったのです。
その一方で我がグループはこれまで一銭の助けもどこからも受けずに自らの力で生き残ってきましたし、これからも生き残り続け飛躍発展し続けて行くのです。
何故我がグループが誰にも何にもして貰わずに生き残ってくることが出来たのかと言えば、それは時代を見据える目と何を為すべきかという判断を誤らなかったということだけなのです。
此間から私は度々香港を訪れていますが、その目的が何かと言えば今月14日の香港証券取引所メインボード市場へのHDR(香港預託証券)上場に向けたにロードショー(投資家向け説明会)やプレスカンファレンスの開催といったことのためです(※2)。
香港と日本という会計制度も違えばlegal requirementも全く異なりlegal system自体が違うという環境の下、当社は世界で2番目のHDR発行企業、日本初の香港上場企業になるという所まで漕ぎ着けたわけですが、このようなことが出来る会社は他にはありません。
別に私は我がグループのことを自画自賛するわけではありませんが、私どもが世界から高評価を受けているのは歴然たる事実としてあるということです。
現に香港でのプレスカンファレンスや私の投資家向けのプレゼンテーションの盛り上がり方がこれを示しています。そしてプレゼンテーションの日にプレスのための会見ではないにも拘らず40社近くのメディアが殺到して私の顔写真を撮り、次の日には34紙の殆どが私の顔写真入りの記事を掲載しているわけです。
そのようなことは稀有なことであって、この事実からも世界が当社グループ、そして今回の上場をどのように受け止めているのかが分かるかと思います。
言うまでも無くこの上場は我がグループのアジア、取り分け中国、香港といった所でのプレゼンスを高めること、あるいはbrand recognitionを上げるのに大変な貢献をして行きます。
今回の香港上場に関して当社は単にアジアにおけるプレゼンスの更なる向上を目的としているのではなく、香港マーケットを最大限に活用し出来得る限りexploitして行きます。
そして我がグループの更なる発展のために香港マーケットで資金を獲たり、あるいは日本の資金を香港に持って行きchina-related productを様々な日本の投資家に買って貰うということも出来るようになるのです。
今回の上場により我がグループは新しい時代を拓く状況になって行くのであり、貴方達はそのような会社に入ったということを確りと認識しなければなりません。
今貴方達にお話ししたことは私どもの最新事例の一端に過ぎません。
1999年7月に私がSBIグループを創設して以来、たった55名の社員数は3000数百名に拡大し、そして孫さんから貰ったたった5000万円の資本金は約732億円に拡大しています。
翻って見るとこの10年の間に日本では沢山の会社が生まれてきましたが、100社の内で生き残っているのは6.3社しかないのです。
況して我がグループのように隆々と繁昌し続けている企業は殆ど皆無であり、金融界におけるSBIグループの存在感というのは極めて大きなものになっています。
SBI証券を中心としたブローカレッジ業務では圧倒的なマーケットシェアを持っており、個人マーケットにおいては野村證券を遥かに凌駕しています。
そしてソニー銀行に遅れること6年3ヶ月でスタートした銀行業についても、住信SBIネット銀行は口座数、収益においてあっと言う間にソニー銀行を抜き去り、預金残高でも時間の問題でソニー銀行を完全に抜き去りオンラインバンクNO.1になって行くという勢いです。
私がこの10年間でしゃかりきになって取り組んできたのと同程度以下の努力で、これからの10年間は益々飛躍して行けるものと考えています。
何故そのように考えるのかと言えば、我々は時代の潮流(the trend of times)に乗っているからです。
この時代の潮流を徹底的にexploitすること、そしてその中に進出して行くことこそが我々の最大の強みなのです。
我々の金融分野のビジネスというのは、殆ど全てがインターネットにどっぷり浸かっています。
インターネットの世界を考えますと、10年、20年、30年と時が経つにつれてより多くの人がインターネットを使うようになり、その世界は更に「シンカ」して行きます。
進む(進化)意味と深くなって行く(深化)意味の両方において、今の状況よりも更に大きな世界になって行くのです。
我々はその中にどっぷり浸かっているからこそ、お客様の数がどんどん増え続けているのです。
SBI証券のお客様は20代、30代で多数を形成しており40代まで含めると7割以上を占めているわけですが、片や野村證券のお客様は50代以上が8割になっています。
今から20年後、野村證券のお客様がどうなっているのかを想像してみてください。
50代の人であれば未だに株式投資を行っている人もいるかもしれませんが、60代の人は殆どやめているでしょうし、70代の人の大部分は恐らくこの世からいなくなっていることでしょう。
野村證券のお客様は年月を重ねる毎にどんどん減少し、片や我々のお客様はどんどん増えて行くのです。我々の株式委託売買手数料が野村等の10分の1以下ですから当然でしょう。
しかもこれから我々のお客様は所得増加や遺産相続等によって、より多くの金融資産を保有するようになるわけです。
これこそが私の言う時代の潮流、the trend of timesであり、その真っ只中に我々は我々のビジネス、戦略の全てを置いているのです。
投資事業についても同じです。
2000年頃に私は1500億円を集めることを決心し、インターネットの世界だけに投資をするインターネットファンドを創設しました。
これに関して嘗ての野村證券の同僚は「北尾君、投資の世界しかもプライベートエクイティに投資をするようなビジネスというのは千三つの世界(1000件に3件程度しか成功しないような世界)なのだから、一つのインダストリーだけにそれだけの資金を投じれば損をするのは目に見えている。そんな馬鹿なことは止めておいた方が良い」と話していました。
その結果がどうであったのかと言えば、我々は創業後8年目にして日本一のベンチャーキャピタルになり、片や野村ホールディングスは大赤字で大変な状況が2、3年間も続いてきたのです(※3)。
何故両社のパフォーマンスにこれ程圧倒的な差が付くのかと言えば、その答えは非常に簡単で時代の潮流に乗っていたかどうかということに尽きるのです。
我々は時代の潮流に乗っていましたが、他は中国に全てを奪われて行くようなインダストリーに投資をしていたというだけのことであり、時代を読めない人は滅びて行くしかないのです。
滅びて行く人ということで言えば、過去の成功体験に胡座をかく人も同じです。
Sir Winston Churchillが「If we open a quarrel between the past and the present, we shall find we have lost the future.」と上手く述べているように過去に固執する者は未来を失うのです。
私はそれ故に我々のmission statementの中に『セルフエボリューションの継続(経済環境の変化に柔軟に適応する組織を形成し、「創意工夫」と「自己改革」を組織のDNAとして組み込んだ自己進化していく企業であり続ける)』という言葉を入れているわけで、常に過去の成功体験に溺れることなく「自己否定」、「自己変革」、そして「自己進化」して行かなければならないのです。
貴方達は時代がどう動いて行くのかというthe trend of timesを常に必死になって勉強しなければなりません。
10年単位で見ればそれが大きく変わっていることを認識出来る人は多いですが、時々刻々変化して行く中にその兆しを掴める人は極僅かであり、余程勉強しなければ掴むことは出来ないのです。
私が何故それを掴めるようになってきたのかと言えば、38年間に亘り株式市場、債券市場、金利市場など世界中のマーケットを見続けてきたこと、そして毎日4時間の睡眠で精一杯勉強し続けてきたからなのです。
常識程度の事しかしない人は常識程度の結果しか生まれません。
普通の事をしていれば普通の結果しか生まれません。
貴方達に是非お願いしたいことは、凡人がする1000倍の努力をして常識を逸脱するような人間になって貰いたいということです。

最後にもう一つ話しておきましょう。
貴方達もご存知の通り私は野村證券に入社し、そこで21年間働きました。
その中で何を強く感じたのかと言えば、大企業というのは如何にくだらないものかということです。
何がくだらないのかと言うと、例えばボーナスが出れば「北尾は幾ら貰った?」と電話を掛けてくる同期がいましたし、本給通知書を貰っても同じように電話を掛けてくる同期がいたのです。
当時野村證券ではボーナスについては三段階程度の差が付けられており、本給については10年を経てやっと僅かに100円だけの違いが出るというようなものでした。
多くの同期は皆、私が幾ら貰っているのかが気になり私と同額であると安心するといった具合で、私に言わせれば実に馬鹿げているという一言に尽きます。
そしてしかもその同期同士が足を引っ張り合うという様です。
当時野村證券においては、課長と言えば同期300人の大卒の中で何人がなれるのか、次長になれるのは何人か、そして部長になれるのは何人かというように競争の社会が入っていました。
ではそれが純粋な競争なのかと言えば、上司に少し気に入られたとか、あるいは上司と馬が合ったという程度のものであり、働いた成果とされるのはその人の言動、実績が必ずしも反映されていないようなものでした。
私は課長位の時に当時の経営幹部の何人かから「次期次期社長は君だ」と告げられました。
そのこと自体には私は恬淡としていました。
唯そのように言われたお陰で私は「自分が社長になったらこのグループをどう変えて行こう」とか「今まで自分が経験した中でこのグループにはどういう問題点があったのか」とか「本当に皆が働き易い職場環境を作ってやろう」というように常に考えるようになり、そして「詰まらない事で内向きのエネルギーばかりになって、お客様や取引先に対する外向きのエネルギーが減じられるような会社にはしてはいけない」と強く思っていました。
その後SBIグループを形成し今日に至るわけですが、創業後10年以上を経て徐々に会社らしくなってきています。
そしてまた片方で大企業になっていますので、常に大企業病のリスクを背負っているわけです。
内向きのエネルギーが外向きのエネルギーよりも大きくなることを如何に防いで行くのかというのは非常に大事なことであり、それ故私は「360度評価」を導入しました。
つまり人事面においても上司が部下を評価するだけではなく、部下が上司や周りの同僚達、あるいは取引先まで評価出来るような人事システムを構築したいという思いがあったのです。
考えてみると人間というのは「AよりBがどう」「BよりCがどう」というように相対観で物事を判断し一喜一憂するような愚かな人が沢山います。
「あの人はどこの学校を卒業したが私はあそこだ」とか「あいつの給料は私より幾ら上だ」とか「誰々の方が私より綺麗だ」とか「あの人は幸せだが自分は不幸だ」とか「あの人は課長に昇進したのにどうして私は」というように相対観で物事を判断するわけですが、そのこと事体がナンセンスであり人と比べることに何の意味もありません。
人生というのは「プラスがあれば必ずマイナスが出て来る」「マイナスがあれば必ずプラスが出て来る」という中で結果として宇宙平衡の理に従い必ずバランスされて行くのです。
これは中国何千年の書を読めば分かることであり、詰まらない相対観ほど自分自身を不幸にするものはありません。
貴方達には学問修養によりそうした相対観から解脱して是非自分自身を楽にして貰いたいというように思っています。
私がこう言うと「では北尾さん、企業間競争においてはいつも勝つことばかりを主張していますが、企業の相対観はどう捉えれば良いのですか」と考えるのかもしれませんが、これについては勝ち続けなければなりません。
我々の従業員、家族、取引先、お客様にベストなサービスを提供しながら我々自身もきちっとした事業を営み、更に飛躍発展し社会に貢献して行かねばなりません。
正にこれが資本主義というものであり、徳業というものなのです。
私の言う捨て去るべき相対観というのは、詰まらない相対観のことです。
つまり一つの会社、一つの組織に入り、その中で不要な相対観を持つことだけは絶対にすべきではないと述べているのです。
更に言えば、私生活においても出来得る限り相対観からの解脱をすることが自分自身の幸せに繋がるということを貴方達は肝に銘じることです。

これで私の訓示は終わりにしますが、最後に一言だけ申し上げておきます。
今日がcommencementであるということを良く頭に入れ、一つの覚悟を持って自らの人生を切り拓いて貰いたい。
そしてその覚悟というのが本物であれば、貴方達は何十年後に大きく成長していると思います。
「初心忘るべからず」と言いますが、今の覚悟が本当に大事な覚悟であるということを絶対に忘れないでください。
以上

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「求められる企業形態」に関する私の考え方
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参考
※1:北尾吉孝の経営道場1
※2:日本のSBIホールディングス、4月14日に香港上場へ=事情筋
※3:野村グループ 決算関連情報 | 決算短信・説明資料





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  1.  「人は生まれながらに不平等である。 世間は常に間違っている」が真理であると、最近考えています。

     最近、北尾さんのブログを拝見させて貰って勉強になっています。 

    北尾さんや孫さんのような時代を牽引する人は、必要だとおもいます。

    ただ、家族やプライベートはどうなんだろうと小さいながらも家庭を持ち人の親になっている者としては

    興味をもっています。



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