北尾吉孝日記

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今週月曜日にも『日本教育再考』と題したブログを書きましたが、本ブログでは今月10日の読売新聞社説「東大の秋入学案 実現には産官学の連携が要る」を題材に以下述べて行きたいと思います(※1)。

上記社説には「東京大学が、入学時期を春から秋へ移行する検討を始めた。秋入学が主流の欧米の大学と足並みを合わせることで、外国人留学生の受け入れや、日本人学生の海外留学を促進する狙いがあるようだ」と書かれていますが、本質的に言えば、秋入学にしたからといって、その「狙い」が達成されるというものでもないでしょう。
外国人留学生比率の現状に言及しますと、「20%台の米ハーバード大や英ケンブリッジ大」に対し東大は7%と大きな差があるわけですが、その問題は秋入学に移行したところで改善するような簡単なものではなく、結局のところ相対的判断の世界なのです。
即ち、どのような教育が東大で行われているのかが大事なのであって、外国人が自国にある大学よりもまた欧米にある大学よりも良いという判断をしない限り、わざわざ日本に留学するようなことにはならないわけです。

また、日本の留学生受け入れ態勢がどの程度整備されており、彼らに対してどれだけの配慮がなされているのかについても考えてみる必要もありましょう。
例えば、寮や安アパートといったようなものが公的機関の支援により外国人留学生に提供されるというようなことは殆どなされてはいませんし、病院に行ってみても言語的障壁により医師と患者とのコミュニケーションが十分に行い得ないというような状況もあるわけです。
従って、やはり日本は様々な側面において留学生を受け入れるだけの土壌を積み上げて行かねばならないと強く感じますし、それこそが日本に欠落しているものだと思います。

逆に言えば、9月入学というのが弊害となって日本人が欧米の大学に留学しないというわけでもなく、私などでも30年以上も前にケンブリッジ大学に留学しており、留学判断に占める入学時期のポーションというのは殆ど無きに等しいものです。
結局のところ、その大学に入学したいと思うかどうかであって、その大学に行くと何がどれだけ出来るのかというのが重要になってくるのです。
例えば、その大学に行けば日本語もブラッシュアップしつつ、自身の専門領域についても十分な成果を得ることが出来るというように外国人が判断するかどうかなのです。

秋入学にすべきではないとは言いませんし、時機を見て移行すれば良いとは思いますが、上述してきたことが解決されない限りにおいて、入学時期が何時だから留学生がどうこうというような問題では全くないわけです。
事程左様に日本の考え方というのは枝葉末節にとらわれ、注力すべき対象を誤っているところがあると思うのです。
本件で言えば、秋入学導入よりも更に重要になるのは上述したような事柄であり、本質を見誤らずにそうしたことに取り組んで行くべきだというように感じる次第です。

参考
※1:東大の秋入学案 実現には産官学の連携が要る




 

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