北尾吉孝日記

『TPPと日本』

2011年11月14日 10:14
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先日野田総理は「環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に参加する方針を正式に決め、首相官邸で開く記者会見で表明」しました(※1)。
国民の大多数の意見は「政府のアカウンタビリティに問題あり!」ということですが、確かにそうした意味ではきちっとした説明が野田総理からもっと早い時期になされるべきでしょう。
そして、特に説明責任を果たす上で重視されるべきはTPPのメリットだけを述べるのではなく、例えば今噴出している農業や医療といった観点からの反対意見の悉くに対する反論も含めた形で十分な説明を加えねばならないということです。
更に言うとTPP参加自体よりもっと重要なのは、参加した後に日本をどう変えて行くのかに関し野田総理が明確なビジョンを国民に訴え掛けることでありましょう。
TPP参加による日本の生産性向上、例えば農業分野の生産性を大きく飛躍させるような農業政策というのが語られるべきですが、私見を述べるならば、基本的には1952年に制定され日本農業の近代化を遅らせた大きな責任がある法律、農地法(法令番号:昭和二十七年七月十五日法律第二百二十九号)を大幅に見直し、抜本的改正に踏み切るという所からスタートすべきであると思っています。
即ち、当ブログで幾度となく指摘し続けている通り、21世紀に相応しいような所謂「ポスト・インダストリアル・ソサエティ(脱工業化社会)」における日本の産業構造というものを模索して行くという方向性が非常に大事であるというように私は捉えています。
そしてまた、TPPというのは決してゼロサム‐ゲームの類ではなく、グローバリズムの競争世界において国際分業がスムーズになされ参加国全てに対しポジティブな影響を齎すものにもなり得るわけですから、参加国は協調する中で折角の自由貿易構想というものを大事に育てて行くべきでありましょう。
今年7月『現実化してきたパックス・アメリカーナの終焉』と題したブログで下記のように述べましたが、これまでもそうであったように特にこの21世紀、日本という国がアジアの将来に果たす役割というのは非常に大きく、アジアの発展の為に日本がどう貢献して行くのかについてもTPPの枠組の中でよく考慮される必要があると私は認識しています。

<この21世紀について、多くの知識人は東洋と西洋のある意味での文明の衝突が起こる時代というように位置付けられるとしています。
そうした東西対立の世紀における日本の役割が何かについては、今年2月に株式会社致知出版社から上梓した拙著『森信三に学ぶ人間力』のまえがきにて、西洋の巨人ピーター・F・ドラッカーの言葉を借りて下記のように述べました。

【ドラッカーは、その著『ドラッカーの遺言』(講談社)のなかで新しい秩序へと向かう混迷した世界のなかで、「史上稀に見る西洋化に成功した日本」は、その「舵取りを果たしていく責任を背負っている」としています。さらに次のようにも言っています。
「アジアとアメリカを結ぶ橋になる――この難しい課題も、日本ならばうまくやり遂げることができるのではないか、私の中には楽観とも言える思いがあります」
「日本が獲得してきた国際社会でのポジションを上手に活用していくことが成否を分ける要因となるでしょう。西洋中心主義から、西洋と東洋のバランスを上手に取る方向へと、うまくシフトしてほしいと願うばかりです」】>

米国との関係も然りであり、上述したように日本という国はアジアと米国、東洋と西洋の懸橋となって、その期待された役割を存分に果たすべく、きちっとリーダーシップを発揮して行かねばなりません。
また「TPPと中国」というのは大変微妙な問題ではありますが、様々な形でこの地域での覇権を狙う中国というものを意識した形でTPPは運営されるべきであるというようにも考えています。
そして覇権主義ではなく平和裏の中で、中国も含めた形で協調主義を取って行くのかということについても、日本はリーダーシップを発揮して行くべきであると私は思っています。

参考
※1:TPP交渉参加、首相表明へ…農業と両立に意欲




 

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