北尾吉孝日記

この記事をシェアする

『読者モニター調査 社会保障、「低福祉低負担」派が優勢』と題された記事が先月の日経ヴェリタス第193号にあり、「膨張の一途をたどる日本の社会保障支出。制度の持続可能性や世代間の公平性をどのように確保するのか」として下記の通り記述されていました。

『日経ヴェリタス読者に目指すべき方向性について尋ねたところ、「どちらかと言えば低福祉低負担」(117人)が「どちらかといえば高福祉高負担」(86人)を上回った。
国立社会保障・人口問題研究所によると、2009年度の社会保障給付費は1990年度の2倍の99兆8507億円。部門別では年金が51.8%を占め、医療が30.9%で続く。制度維持に必要な対策を聞いたところ、医療や介護など「高齢者が負担する保険料の引き上げ」(105人)がトップ。「高所得者の年金支給額減額」(95人)、「医療機関での窓口負担拡大」(66人)が続いた。一律の「年金支給額の減額」を支持する人は35人にとどまった。』

「日本という国の福祉の形はどう在るべきか」については昔から様々な議論がなされておりある意味非常に難しい問題であるというように私も捉えていますが、やはり高福祉にすれば高負担にせざるを得ないわけで、例えば福祉国家の建設を早くから目指し、そうした方向で経済を引っ張ってきたのがスウェーデンやデンマーク、あるいはフィンランドといった北欧諸国であります。
では、日本はそうした北欧諸国のように高福祉高負担を目指すべきなのか、はたまた上記調査結果の通りに低福祉低負担を目指すべきなのかと考える時、まず日本の現況がどうかと言うと決して低福祉低負担ではないというふうに私は認識しています。
例えば、日本の国民皆保険というのはある意味世界に対して誇るべき制度であり、寧ろそれを実現しようとしたのが米国オバマ政権であったわけです(参考:2011年2月1日北尾吉孝日記『日米における政治的困難の背景の相違について』)。
唯、問題なのは先月8日のブログ『格差広がる不平等な世界』でも指摘した通り、米国のように「99% vs. 1%‎」という状況では勿論ありませんが、日本の状況というのもジニ係数等を見ていても貧富の格差は確実に拡大してきており、「一億総中流」と言われていたものが今や全くそうではなくなってきているわけです。
またもう一つ別の観点から問題提起しますと、やはり日本の社会保障制度の根幹を全体的に揺さぶってくることになるのが所謂「少子高齢化問題」というものであり、当該問題を解決するためにも日本という国は米国のように積極的な移民政策を展開し活力ある状況を創り出して行くべきでしょう(参考:2010年4月12日北尾吉孝日記『日本の移民政策と人口増加策について』)。
今年7月に『新たな日本創造への処方箋』と題したブログでも述べましたが、日本という国には2010年末時点において1000人当たり7.5人程度しか永住外国人がおらず、先進国では考えられないほど極めて少ないわけで、インターナショナルな国とは到底呼び得ないというのが現況です(※1)。
独・仏の移民政策の歴史を具に調べますと、やはり知識レベル・教養レベルが比較的高い水準にあると思われる人、あるいは専門的な技能・能力を身に付けた人に限っては日本へ移民をさせるべきであります。
その場合でも様々な社会問題の発生を防ぐために移民の我国への同化政策を同時に採らなければなりません。
そうした若い人達を増やすことによって社会保障費というのを賄って行く必要もあるのではないかと考えています(下記参照:2010年12月21日北尾吉孝日記『日本の移民政策と国際送金事業の展開について』)。

【人口減少時代を迎えている日本は、何れ今より格段にフレキシブルな移民政策を認めるという方向にならざるを得ないでしょう。
以前ブログで述べたように経済成長率の基盤は人口増加率と生産性上昇率であり、その意味においてやはり日本は移民政策にも積極的に取り組んで行かねばなりません。
世界各国を見ますと、例えば第一次世界大戦以降に人口が急激に減少したフランスは、特に第二次世界大戦後に積極的な移民受け入れを行ってきましたし(※2)、あるいは米国の人口は今でも年々1%程度増加していますが、その主因は勿論移民の流入にあるということで、やはり国の活力を保つ上で移民政策の在り方は非常に大事なことであるというように思います。
そして特に介護などというものについては、「老々介護」という言葉が日本ではありますが老人で老人を介護して行くのは非常に困難なことです。
例えば、本当に歩くことが出来ない老人をお風呂に入れることを考えてみても若い人でなければとても無理なことであり、やはり海外から元気な若者にどんどん日本に来て貰って介護のような仕事に従事して貰うべきではないかと思います。
それにも拘らず日本は、例えば経済連携協定(EPA)に基づきインドネシアとフィリピンから受け入れた本国で資格取得済みの外国人看護師254人の内3人しか合格しないような難しい日本語の試験(日本人受験者合格率:約90%)を課すというように全くナンセンスなことをしています(※3)。
この現状を問題視し、EPAの看護師候補者向けには来年2月の試験から、2012年1月以降に受験するEPAの介護福祉士候補者向けには来年1月の試験から、「分かりやすい表現への言い換えや病名への英語併記などの見直し」を導入するということですが(※4)、私は現行のやり方そのものを抜本的に見直して行くべきではないかというように考えています。
具体的に言いますと、例えば日本政府が相手国政府の同意を得た上でインドネシアやフィリピンに学校を建設して介護と日本語を教え、そしてそこを優秀な成績で卒業した人を無条件で日本に受け入れ働いて貰うというようなことです。
既にオーストラリアやカナダ等では優秀なフィリピン人労働者の取り合いが起こっているというように、日本は一刻も早く広く国を開くべきだと私は強く思います。
今後も日本が未だ鎖国が続いているかのような雰囲気を醸し出す時代遅れの排他的な島国根性的部分を一掃出来ないようであれば、最早グローバリズムの中で生きて行くのは略不可能でありましょう。】

昨今「社会保障と税の一体改革」の中で「消費税引き上げ問題」が熱心に議論されていますが、人口減少時代を迎えている日本において仮に消費税を10%に引き上げたとしても、根本的にはやはり少子高齢化という問題にメスを入れない限りにおいて、何れまた増税実施ということに繋がって行くのではないかと思うのです。
また少子高齢化時代の日本において高福祉高負担という世界を実現しようとする時、一概に高負担といっても日本の場合は中途半端な負担ではないわけですから、そうした高福祉を実現することが国民にとって果たして本当に良いことなのかについても熟慮が求められましょう。
更に言うと、仮に高福祉高負担という世界を日本が目指す場合、過大な負担を背負うことになってくるのが次の世代であるわけで、彼らにその選択権を与えずに強要して行くというのもある意味可笑しな話ではないかと思うのです。
従って、このように考えますと少子高齢化という問題の解決抜きに高負担を強いて社会保障制度だけを充実させて行くというのでは何れどこかで破綻を来すことになり得るわけですから、上述した通り日本も独・仏のように選択的移民政策を積極導入して行かねばならないというふうに私は考えています。
やはり大事になるのは「人口増加」「企業活性化」「新成長産業創造」であって、例えば新産業が次々に誕生し既存産業もどんどん成長して行って税源が生み出されるという状況であれば高負担という選択もあり得るわけですが、現況のように新産業も創造されず既存産業も沈滞して行く中でどうして高福祉高負担という世界が実現出来るのでしょうか(参考:2010年4月12日北尾吉孝日記『日本の移民政策と人口増加策について』、及び2011年7月20日北尾吉孝日記『岐路に立つ日本』)。
そしてまた、先月29日に『「大阪ダブル選」を終えての雑感』というブログでも述べたように今「大阪都構想」を具現化すべく橋下徹大阪市長が動き出したわけですが、やはり国の中においても一極集中という状況を一刻も早く改善し、地方分権の形をきちっと取りながら色々な側面において福祉というものを充実して行かねばなりません(下記参照:2010年9月3日北尾吉孝日記『私の国土ビジョン~「地方分権」を超えて~』)。

【ドイツの首都ベルリンに行くと私はいつも思うのですが、ドイツは日本のように一極集中化しておらず、例えば、ハンブルグ、フランクフルト、あるいはデュッセルドルフ等々、何処に行っても夫々の地域に大飛行場とそれなりの産業というものがあります。
つまり夫々の地域が夫々に発展して行っているということで、全体として見れば非常にバランスの取れた形で発展しており、この辺にドイツ人の賢さというものを私は感じます。
他にも、例えばドイツの高速道路についても、その作り方から何から見ていますと非常に優れているという印象を私は昔から何度か受けていますが、そのようなドイツの優れた部分を日本は少し見習うべきだと思います。
その意味するところは、この狭く空気も非常に悪くなってくるような東京という場所に今後も様々な機能・活動を一極集中させて行くということでは勿論ありませんし、世間一般に言われる「地方分権」という考え方でもありません。
私が述べているのは、夫々の地域に日本の中で他を凌駕するような一つの産業を育て上げ、それを核として実質的にその地域を興して行くというようにならなければならないということです。今地域の産業は壊滅的な状況になっているわけですから、そのようなことが必要ではないかと私は思っています。】

福祉の充実というものを考える時、何も病院がどうとか医療がどうとかいうことだけではなく、やはり働き甲斐があるとか生き甲斐を感じることが出来るというのも非常に重要な要素でありましょう。
従って、例えばある程度の年齢までは地方で農業や漁業等に従事することが出来るというような地方政策といったものも必要ではないかと感じており、私は当該分野をそれ程勉強しているわけではありませんが常識的に言えばそういうことなのだろうというふうに思っています。

参考
※1:在留資格別外国人登録者数の推移
※2:フランスの移民政策の現状と課題
※3:外国人看護師、国家試験合格はわずか3人 日本語が壁
※4:介護士試験でも外国人に配慮 厚労省、表現分かりやすく




 

(任意/公開)
(任意/非公開)



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.