北尾吉孝日記

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今週末に東日本大震災から満一年を迎えるわけですが、皆さんは今回の震災によって日本がどのように変わったと捉えていますか。
当該テーマに関しては、これまでも色々な観点から多くの知識人が様々な見解を示していますが、例えば元米国務長官のヘンリー・キッシンジャー博士は「日本のみなさんは深く国のことを考えるようになった」と指摘しています(※1)。
しかしながら、私自身は震災前後で日本人の民族的特性に及ぶ程の変化があったというふうには考えておらず、彼の言うような認識を余り持ってはいません。
勿論、「日本人が一つの”絆”で結ばれ一体感が醸成された」というように述べる人は沢山いますが、それは別段一年前のあの日を境に始まったものでもなく、古来より日本人がずっと持ち続けてきた感情が、今回のような震災を機に通常通り表に出たというだけです(※2)。
要するに儒教が一時でも浸透した国においては、多かれ少なかれ孟子の言う「惻隠の情」、即ち、人として忍びずの気持ち・心というものがより顕著に見られますから、連帯した日本人が被災地に対して出来る限り報いようというのは惻隠の情の現われであり、新たな変化として捉えるべきものではないのです。
では、震災前後で何が変わったのかと言えば、寧ろ経済的な側面に関する3つのチェンジがあったというふうに私は認識しており、その一つとして挙げられるのが原子力発電所に対する考え方です。
3・11を境に原発に対する一種の嫌悪感というものが国民の間に充満し、再稼動反対の動きが強くなってきたわけですが、未だ以て知識人の中でも「原発運転は最早永続的に停止すべきである」というような発言が様々な論調で多々見られます。
唯、それが最終的に意味するのは日本経済の国際競争力の更なる低下であり、況して今後イランを巡る緊張関係が強まって行くとすれば、日本の経済的状況を益々悪化させるという形に繋がって行くことになるでしょう。
次に二つ目のチェンジとして挙げられるのが、東日本大震災のみならず「タイ大規模洪水」という経験を通じて、所謂「サプライチェーン問題」というのがクローズアップされ、各企業のリスク管理体制の脆弱性が浮き彫りになったということです。
即ち、地域的に一箇所に集中した形で一つの部材の集積基地とするという体制を進めるのは、生産性の向上にはある意味非常に大きな貢献を果たすことになるわけですが、それが時としてサプライチェーンの寸断により生産全体が滞るといったボトルネックがあることを、日本メーカーは上記2つの天災から痛切に感じたというわけです。
そして最後に三つ目のチェンジというのは、世界というものが如何に繋がっていて、その中で生きて行くことが如何に大切かというのを日本人自身が改めて噛み締めたということであり、そういう意味では惻隠の情ではなく唯一つ日本人に新たな感情が芽生えたと言えるものかもしれません。
日本人というのは割合閉鎖的で何もかも自己完結してしまう傾向の強い民族であると私は捉えていますが、今回米国をはじめ世界各国から多大な援助や寄付等のサポートを受け、世界の中の日本という意識を持って世界と様々な所である意味助け合って行かねばならないという強い思いが、一部知識人のみならず一般庶民にまで浸透してきたのではないかと認識しています。
以上、私が思うにキッシンジャー博士が指摘するような日本人の民族的特性に及ぶ程の変化が3・11を境に起こったというのではなく、上述した3点こそが震災前後における日本の一つの現象、取り分け経済的側面に関する現象として、結果的に起こってきた変化ではないかということです。

参考
※1:2012年3月号選択『「国のこと」を考える秋
※2:2011年12月31日勝浦東急サニーパーク『2011.12.31「お知らせ」




 

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