北尾吉孝日記

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安岡正篤先生は「思考の三原則」と称して、長期的・多面的・根本的に物事を見るということを様々な書物で説かれてきました。
一つの現象において、三つの側面に拠ってものを考えて行くのが正しい考え方であるという我々に対する安岡先生のメッセージとして私は認識しています。
以下、東日本大震災以後の原発問題を例に考えてみますと、「原発は止めるべきだ」といった発言がある一方で「停止など馬鹿げている」と言う人もいて、Twitter上でも様々な論争が展開されています。
原発停止を馬鹿げていると言う人の一つの考え方というのは、詰まる所「経済的合理性」ということに終着します。
即ち、「福島原発事故に因る放射能で直接的に死亡した人はゼロではないか」とか「長期に亘る放射能汚染で重患になる人は殆どいないでしょう」といったもの、あるいは「今回の地震が想定外の想定外であるならば、福島県以外で稼働中の原発まで何故停止する必要があるのか。エネルギーコストを考えてみるべきだ」というのが、彼らの議論において一つの主になっているところです。
そしてもう一方の見方というのは、今回の地震が想定外の想定外であるという主張に対し、『日本周辺では4つのプレート(「北米プレート」、「フィリピン海プレート」、「太平洋プレート」、「ユーラシアプレート」)がせめぎ合っており、内陸部には多数の活断層が分布している正に地震列島です。そう簡単なものではありません』といった類の議論です(※1)。
例えば、東京大学地震研究所の試算では「マグニチュード(M)7級の首都直下地震が今後4年以内に約70%の確率で発生する」とされ、東海・東南海・南海やその他諸々の地域でも地震発生のリスクが指摘されているわけですが、そうした状況の中で「原発は最早永続的に停止すべきだ」というような主張を行う人も当然出てきます(※2)。
そして、このような原発問題に関する賛否双方の見解を踏まえた上で重要な論点の一つとなるべきは、原発を永続的に止めるのか、あるいは一時的なものとするのかというところです。
その場合に先ず考えるべきは、第一に今回問題化した原発が40年も前の陳腐化した技術で建設されたものであり、新技術で作り直すとすれば、一体どうなるのかということでしょう(下記参照:2011年5月13日北尾吉孝日記『「自由企業体制の資本主義の精髄」に関する考察』より抜粋)。

【競争こそが色々な不合理やそれらの問題を解決して行く方法ですから、競争させないメカニズムにしていたからこそ、40年前に作られた原発がそのまま生き残ってしまうということになるわけです。
言うまでも無く、万が一の事故を起こせば破綻に繋がるというリスクも常に抱えながら、企業経営というのはなされて行くものです。
そして、そうした破綻に繋がらないようにしようと思うからこそ、当該分野における技術革新を適時導入して行くのであり、競争のある世界であれば40年前のものがそのまま生き残るなどとは到底考えられません。】

3.11以前の一つの問題点というのは、そうした旧世代の原発が十分なメンテナンスやチェック体制もなく稼動し続けてきたということであり、経済合理性を追求する論者というのは寧ろ当該部分をきちっと追及し、そうした観点から原発問題をどうして行くのかというところを考えるべきではないでしょうか。
そして片方で今後再び3.11級の地震や津波が起こり得るという前提に立つならば、そうした大規模災害に応じ得る十分な耐震性と耐久性を備えた原発を如何に建設出来るのかについても同時に考えねばなりません。
こうした技術的部分の開発・研究という観点から安全性を追及せずして、「経済合理性を有しているから大丈夫!」などとする安易な論調についても、火山列島かつ地震大国の日本という国の一居住者としては、「本当に大丈夫なの?」と些か疑問に感じてしまいます。
やはり稼動し得る原発の安全性というものを、上記前提に立って確りと見直し適切な検証を行って、そして基準に満たないものは全て作り変えるというプロセスを経ずして、そう簡単に再稼動を認めて良いのかという問題も勿論あるわけです。
第二に、外部環境を考慮に入れますと、例えばイランを巡る緊張関係が更に強まって戦争が勃発するような事態になれば、原油価格が暴騰するかもしれませんし、あるいは2050年には石油資源が枯渇するという議論さえ散々なされているわけです。
さらに代替エネルギーについても、太陽光買取額が1キロワットに付40円台でないと採算確保出来ないというように発電事業者はすでに経済合理性の話をしだしています。
そうした状況の中で原発問題を考える必要があります。
例えば、嘗てイギリスでは産業革命時に「ラッダイト運動」、即ち機械により職が奪われるとして機械破壊運動が起こったわけですが、現代に置き換えて考えますと、今インターネットの普及を敵視し、サーバやPCといった機械をどんどん潰して行くのかと言えば、そういうものではありません。
原子力についても、そうしたものと同じように所謂科学技術の進歩の結果の一つとして生まれてきたわけですから、それを如何に上手く使いこなすことが出来るのかが非常に大事なことなのです。
もちろん機械的システムである以上、100%問題が起こらないということはありえず、何らかの状況変化により常に問題が起こり得るリスクを孕んでいるのは事実ですが、それが起こった時にどう備えて行くかについて、あらゆる見地から考察を加えて行くのが人間の知恵というものではないでしょうか。
従って、「問題が起こると今回のような惨事になるから、原発は最早永続的に停止すべきだ」といった発言を行う人に私が言いたいのは、「問題が起こると今回のような惨事になると言いますが、実際に今回どうなったのかをきちっと精査した上で現在の原発に関する最先端技術や今後の技術的発展性、代替エネルギーの経済性を踏まえての厳密な発言ですか」ということです。
国民生活に甚大な影響を及ぼす電力不足はなんとしても避けなければなりません。

以上を踏まえ現行の原発問題に関する議論を評するならば、原発反対派の主張というのは些か乱暴な気がしていますし、先ず行われるべきは、今の科学技術水準でどれだけ安全性の高い原発を作り上げることが出来るのかが、国民に示されることではないかと考えています。
そして、上述の「安全性」という意味は、マグニチュード8クラスの地震が頻繁する可能性もある日本という国において、本当に問題がないと確信を得る所まで科学的な検証を重ねるということであり、その上で原発再稼動を認めるか否かを決めるのが、やはり合理的な考え方というものではないかと思うのです。
そうした形での長期的・多面的・根本的な考え方に拠らずして、単にものが起こったとしてヒステリックになり「原発反対!原発反対!」と大騒ぎをするというのは、必ずしも正しいやり方であるというふうには私は考えていません。

参考
※1:平成17年度国土交通白書「第I部 安全・安心社会の確立に向けた国土交通行政の展開
※2:2012年1月23日読売新聞「「M7級首都直下地震、4年内70%…東大地震研




 

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