北尾吉孝日記

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今月5日、唯一稼動していた北海道電力泊原発3号機を最後に「国内全50基(東京電力の福島第1原発1~4号機は電気事業法に基づき4月19日付で廃止)の原発」が停止しました(※1/※2)。
未だ以て「問題が起こると今回のような惨事になるから、原発は最早永続的に停止すべきだ」といった形で「原発ゼロ」を主張する人は非常に多くいますが、全原発を停止し続けるコストというのはやはり非常に大きなものがありましょう(※3)。
例えば、石油が枯渇したら「父は駱駝に乗った、私は車に乗る、息子は飛行機を操縦する、 しかしながら孫はまた駱駝に乗るだろう」と言ったサウジアラビア元石油鉱物資源相のアハマド・ザキ・ヤマニ氏は、1970年代のオイルショック時に「欧米がアラブの石油を買わなくなるだって?そうなったらわれわれは遊牧生活に戻ればいいだけだ」と述べたと言われていますが、果たして我々日本人は慣れ親しんだ生活というものを今変えることが出来るのでしょうか(※4/※5)。
即ち、現代において普通に使用される文明の利器が何も無かった時代にはそうした変化に耐え得るのかもしれませんが、例えば少し暑さを感じれば直ぐにエアコンを入れるというように一旦ある生活に馴染んでしまった我々が、それを昔に戻すというのは非常に難しいものがあると思うわけです。
従ってそういう意味では、今は未だそれ程暑くはありませんから、一部の国民はヒステリックになり、ひたすら「原発反対!原発反対!」と大騒ぎしていられるのかもしれません。
仮に今年の夏が一昨年のような「平均気温:113年で最も暑い夏」並みにでもなってエアコンを自由に使うことが出来ないというようになったら、そうした状況をきちっと受け入れ、如何なる時もそのスタンスを崩さずにちゃんと耐え得るだけの相当程度の忍耐力が原発反対派にあるかと言えば、中々そういうふうには思えないのです(※6)。
昨日開催された「今夏の電力需給を第三者の立場で分析する政府の需給検証委員会(委員長・石田勝之内閣府副大臣)」は、「原発が再稼働せず2010年並みの猛暑だった場合、8月に関西、北海道、九州の3電力管内が電力不足に陥るとの予測」を示し、「東北、四国電力の2電力も供給余力が3%を割り込む厳しい状況になる」と見ているようです(※7/※8)。
そして上記委員会の報告書案では「最も厳しい15.7%の不足となる関西」について、「大飯原発3、4号機(福井県)が再稼働すれば、関電の電力不足が0.9%に縮小するとの見通しを示し」ているようですが、何れにしても国民生活に甚大な影響を及ぼす電力不足は何としても避けなければなりません(※8)。
また経済産業相の諮問機関「総合資源エネルギー調査会」は一昨日、下記のように「2030年時点の電源構成の選択肢案が経済活動に与える影響の試算結果を公表」しましたが、やはり当然のことながら「原発ゼロ」の経済的対価というのは非常に大きいものがあるわけです(※9)。

『30年に原発の比率がゼロである場合、再生可能エネルギー普及のための設備投資が増えるものの、消費や輸出が悪化するなどして実質GDPが最大5%下押しされる。一方、原発比率が35%とされると、GDPの下押しは最大でも2.5%にとどまる。また、原発ゼロの場合、再生可能エネルギー比率を35%まで高める必要がある。
このため、再生可能エネルギー電力の買い取り費用や送電網強化にコストがかかり、電力価格は現状維持のケースに比べて最大2倍以上に跳ね上がる。原発比率が35%の場合は再生可能エネルギー比率は25%で済む。この結果、電力価格は現状維持ケース比で最大でも約6割増に抑えられる。就業者数に関する試算では原発ゼロの場合、最悪のケースで1.8%下押しされる。これに対し、原発35%の場合は最悪でも1.2%の下押しとなっている。』

あるいは、凡そ1年前のブログ『歴史・哲学の重要性』でもオイルショックを参考事例に挙げながら電力の供給制約というボトルネックが生じることになるのを下記の通り指摘しましたが、どういう形で日本全体に電力が供給制約になって行くのか、そしてまたその供給制約の結果として生産能力がどうなって行くのかという問題も考えねばなりません(※10)。

【何故オイルショックが東日本大震災と関係しているのかと言えば、今回非常に大きな問題となるのは電力の供給制約だからです。
つまり原発事故が起こった結果として供給制約が起こる可能性があり、これは製造業にとっては致命的な問題となり得るものです。
オイルショック時の状況はと言えば、製造業のある意味での生命線、原油が断たれたわけではありませんが、ある日突然価格が4倍に跳ね上がるといったものでした。
(中略)従って、部品があっても製造が出来ない、遊休設備があっても増産が出来ないといったような現象が起こりますから、阪神・淡路大震災以後に見られたような力強い回復を遂げることが出来るのかはクエッションマークであると私は思っています。
(中略)経済の世界において供給制約というのは結構重要な問題であり、それにより何が起こってくるのかと言えば、復興需要が十分に出難くなり、また無理に行おうとすれば別の部分に犠牲が生じてきます。
国民所得は投資と消費と純輸出とを足したものであるという所謂「国民所得均衡式」において、仮に国民所得を一定として投資を増やそうとする、即ち、設備投資や住宅投資、あるいは崩壊した社会資本等に対する様々な復興投資をどんどんして行くとすれば、消費か純輸出、あるいはその両方を減らして行くという形になります。
では、ある意味供給制約を受けたオイルショック時に日本がどうしたのかと言えば、総需要抑制政策を発動してGDPを減らして行くという発想を持ち、そして更には金融も引き締め、円高にもすることで何とか均衡を保ったというわけです。】

昨日発表された2011年度の国際収支速報によると「発電の原発から火力への代替で液化天然ガス(LNG)などの輸入が増えた」という要因もあって、比較可能なデータがある「1979年度以来32年ぶりの貿易赤字となった」わけですが、今後原発の全停止が長引いて行くという状況になれば、原油やLNGといった代替燃料の価格が上昇し貿易収支の更なる悪化を招いて行くということもあり得るでしょう(※11/※1/※12)。
あるいは「イラン・イスラエル戦争」の勃発、米国によるイラン軍事攻撃というものが運悪く現実のものとなれば、原油価格が急騰して行くということにもなりかねず、そうなりますと電気料金の値上げを幾度も繰り返さねばならなくなるとか、そのために莫大な国税を費やさねばならなくなるといった状況も生まれてくるかもしれません(※13/※14/※15)。
「原発ゼロ」を訴える一部の人達が、そうした事態を想定しどう処して行くのかといった部分についても十分に考えた上で、一時的ではなく永続的な原発の停止を求めているのかと言えば、そうしたものでは決してないでしょう(※3)。
思慮を重ねることなく唯唯「原発反対!原発反対!」と大騒ぎするのは今の時点では非常に簡単なことですが、やはり「原発ゼロ」の日本というものを長期的・多面的・根本的に三つの側面に拠って考えるのであれば、今後も国内50基全てを停止し続けることが賢明であるというふうには私は考えていません(※3)。

参考
※1:2012年5月7日読売新聞『「冷凍庫止まる」不安のアイス会社…全原発停止
※2:2012年4月29日日経ヴェリタス『電力債、「全停」長期化も、原発停止カウントダウン、円売り材料との見方』
※3:2012年3月21日北尾吉孝日記『思考の三原則~原発問題の考え方~
※4:東京工業大学 小澤研究室 研究内容「研究の特徴
※5:2008年10月29日junhara’s blog「26年前に戻ればいい
※6:2010年9月3日北尾吉孝日記『亜熱帯化する日本と北海道の可能性
※7:2012年5月10日時事ドットコム「全国の節電目標設定を=関西15%不足-政府検証委
※8:2012年5月10日中国新聞「関西に電力使用制限令検討 政府が需給予測
※9:2012年5月10日SankeiBiz「総合資源エネ調が2030年試算 原発ゼロ、GDP最大5%下押し
※10:2011年7月20日北尾吉孝日記『岐路に立つ日本
※11:2012年5月10日日本経済新聞「経常黒字、11年度52.6%減 過去最大の下げ幅 震災で輸入減、燃料高が追い打ち
※12:2012年2月26日日経ヴェリタス「原発停止、企業は戦う――値上げ、GDP年10兆円下押し」
※13:2012年2月16日北尾吉孝日記『イラン情勢をどう見るべきか
※14:2012年3月1日北尾吉孝日記『今後の為替レートの決定要因2
※15:2011年11月7日北尾吉孝日記『電力料金を考える




 

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