北尾吉孝日記

『書くということ』

2012年7月19日 17:42
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自由主義と理想主義を一以って貫いた日本の誇るべき知の巨人・河合栄治郎先生も「考えること、書くこと」に関し明快に著述していますが、“教育界の国宝”とも呼ばれる東井義雄氏は「書くということは、考えるということである」というように述べています(※1/※2/※3)。
書くということは考えることであって、考えながら書き物にする中で自分の考えが更に纏まって行きます。
即ち、書きながら自分の考えが正しいか否かを検証し、更にそれを発展させて行くという一つのプロセスであるわけです。
「書くこと、考えること」によく似ているのが、「教えること、学ぶこと」の関連性です。
余っ程生徒の出来が良く読んだり聞いたりするだけで理解が進むケースは別として、自分が分かっていないことを普通の生徒に分からせるというのは至難のケースでありましょう。
即ち、教えるということが学ぶ上での最大の秘訣であり、自分が本当に理解していなければ人には教え得ないというわけです。
「どういうふうに人に教えたら良いのかを考えながら学んで行く」、あるいは「自分の学びが本当に正しいのかどうかを検証しながら教えて行く」という中で、自分の考えを幾度もブラッシュアップし、そして理解の程度を深めて行くのです。
登場人物は自分自身のみですが、書くというのもある意味で「教えること、学ぶこと」における上記プロセスと似ています。
書き物を誰かに見せるという前提に立って言えば、先ずは自分の中で仮想の相手を作り上げ、書いた文面を見ながら「どういうふうに書けば相手は分かってくれるだろう」とか「どういうふうに表現すれば読者の理解が深まるだろう」といったことを繰り返し考え、そして推敲して行くということです。
従って、教えるということが学ぶことであるように、書くということは考えることである、ということなのだろうと私は思っています。

参考
※1:2011年4月10日yoshitaka_kitao – Twitter
※2:Amazon.co.jp「学生に与う
※3:2012年7月5日致知出版社のメールマガジン『「偉人たちの一日一言」【考えること】』




 

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