北尾吉孝日記

『恒心を保つ』

2012年7月20日 18:48
この記事をシェアする

有終の美」という言葉は、一般的には「物事をやりとおし、最後をりっぱにしあげること。結果がりっぱであること」といった意味で捉えられ、「最後」や「結果」に重きが置かれているように思います。
唯、『易経』風に言うと『「終わりあり(有終)」とは初志を変えず、一貫して物事を成し遂げ、終わりを全(まっと)うすること』というように「始め」もあれば「終わり」もあるとして、要するに「変わらない」という意味になります(※1)。
そしてその「始め」というのは、今年4月のブログ『自己を得る』でも述べた「発心」「決心」の世界であり、一旦決心したことを仏教で言われる「相続心」というものを持って最後までやり遂げるのが非常に重要なことです。
あるいは『大学』経一章を見れば、「物事に本末あり、事に終始あり。先後する所を知れば、道に近し(物事には、根本と末節があり、始めと終わりがある。何が根本で何から始めるべきか、そのことをよく心得てかかれば、成果も大いに上がるであろう)」というふうに「始め」にも言及しており、「終わり」だけではなく「始め」というものも大事であるわけです(※2)。
『易経』の例で言うと「名声などない時は心から謙虚になれるが、成功して高位に上りつめると、知らぬうちに慢心(まんしん)が現れる」とされていますが、こうした文脈において中国古典で非常に大切にするのは「恒心(常に定まったぶれない正しい心)」を保つということです(※1/※3)。
恒の心が変わってくるというのが端的に現れるのは、例えば昔の友達について「未だに梲が上がらないあんな奴と、俺が会っていられるか!」といったもので、地位を得ると傲慢になるという世界は常にあり得えます。
人というものを貴賤や富貴といったことで判断し、上述したように昔の友人関係を「もうあいつは自分とは格が違う」という理由で断絶する等々、そうした言動の中で片方ではその人の本質というものが明らかになるわけです。
これはサラリーマン生活を送っていると色々な形で経験することで、例えばある意味閑職に左遷され窓際族となった日を境に今まで自分を慕い付いて来た人がさっと離れて行くとか、あるいは今まで副社長を務めてきた人がその職を退いて子会社へ行くとなった途端に態度が急変する、というのは結構あることです。
その一方でどれだけ出世しようと謙虚さを保ち続け一貫して変わらないという人は意外と少なく、恒心というのは「言うは易く行うは難し」で極めて難しいことなのです。
例えば『論語』の「里仁第四の五」にも「君子は食を終うるの間も仁に違うこと無し。造次(ぞうじ)にも必ず是に於いてし、顛沛(てんぱい)にも必ず是に於いてす(君子はいつまでも仁と共にあり、どんなあわただしい忙しい時も、つまずき倒れるような危急の場合もそうでなくてはならない)」とありますが、正に「造次顛沛」にも仁の心を失ってはならないということです。
「どれ程の急変が起ころうとも、その心は失わない」とか「様々な形で周章狼狽するような状況になっても、その心は失わない」といった形で恒心を保つというのは非常に難しいことです。
何故恒心をある意味保ち得ないのかについて理由は幾つか挙げられましょうが、その一つにやはり自分の本質というものを自分自身できちっと知り得ていないというのがあると思います。
例えば、自己を徹見し「自分は大した人間ではない。あいつと同じ位だ」というふうに自分のことを本当に知っていれば決して傲慢な心になるはずもないわけで、傲慢な心になるのは自分自身が自分を本当に分かっていないからでありましょう。
昔から自分自身を知るということを、儒学の世界では「自得(じとく:本当の自分、絶対的な自己を掴む)」と言い、仏教の世界では「見性(けんしょう:心の奥深くに潜む自身の本来の姿を見極める)」と言います(※3)。
自己を得ていないが故に地位が上がったら何か自分が偉くなったかのように勘違いし、自分の本質は何も変わってないにも拘わらず傲慢になったりするわけです。
実際に私自身がこれまで沢山見てきた例で更に言うと、ストックオプション等で大金を得ることで態度が急に変わるような人もやはり結構います。
そして働くという意欲も失せ、例えば金曜日の15時頃になるとそわそわしだして、社用車を使って軽井沢の別荘に行ってしまう、というような人も本当にいるわけです。
そういう形で人生を終えるような人がいる一方、偉くなろうが金を持とうが終始変わらず一生懸命仕事一筋に生きている人というのが片方でいるのも事実です。
こういう人は恒心をある意味保ち得ている人と言えましょうが、何れにせよ恒心を保つということは人生修養の中で非常に大きなウェイトを占め非常に重要なものであるというふうに私は思っています。

参考
※1:2012年7月9日致知出版社のメールマガジン『「偉人たちの一日一言」【有終の美】』
※2:2011年5月16日現代に活かす古の言葉「物に本末あり、事に終始あり(大学・経一章)
※3:2008年4月3日北尾吉孝日記『人物をつくる





(任意/公開)
(任意/非公開)

  1. 北尾さん。もしですよ、もし仮に日本が基軸通貨国になる、となるとどういう方向性に行きますか?仮定の話ですが北尾さんの意見をお聞かせください。



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.