北尾吉孝日記

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「意識」は行動のエネルギー、「思考」は行動の質』という記事に「リーダーは、意識面の低いメンバーに対する向き合い方も覚えておく必要があります」と指摘されていますが、指導者は意識を高めるということについて如何に考えるべきでしょうか。
拙著『人物をつくる―真の経営者に求められるもの』でも松下幸之助さんの挙げる指導者の資質条件に関して下記の通り述べましたが、意識の低い人間達を意識の高い人間達にする最大の要素は自分自身の熱意であると私も考えています。

【松下さんの話では百二の資質が必要だということですけれども、指導者には非常にたくさんの資質条件が必要です。
(中略)第一の資質条件は、熱意を持つということです。
それも、誰にも劣らない最高の熱意を持つということです。
知識や才能は、人に劣っても構いません。しかし、こと熱意に関する限り、指導者は誰にも勝る熱意を持たなければならないと僕は思います。
そもそも、ただ何となくやりたいような気持ちでは、物事を完遂することは絶対にできません。】

意識が低い、あるいは熱意を持てないという人間に対し、意識を持たせ熱意を強めさせるのは、やはり指導者の熱意以外の何ものもありません。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という山本五十六元帥の言葉がありますが、自らがやってみせねば熱意など人には伝わりませんし、その人が本当に熱意を持っているということにもなりません。
指導者の最高の熱意というものは確実に伝わって行きますし、その熱意があれば次第に人は感化されて行くものです。
色々な人が意識の高め方として様々な形で論じていますが、一番大事なのはそういうことではないかというふうに私は思っています。
勿論、部下達に仕事の内容を理解させ、如何にやる気を持たせて行くかということ自体、大変重要なことであるとは思います。
唯、仕事に対して本人が熱意を持つようになれば、その意義や意味といったものを自ら自然と考えるようにもなるわけです。
従って何よりも大事なのは、指導者たる者が誰にも劣らない最高の熱意を持ち、その熱意の伝播を起して行くということに尽きると言えましょう。
そしてそういう中で、「私利私欲のためでもない。世のため人のために大将があれだけ頑張っている。俺も力を貸してやろうか」というような気持ちが、段々と部下達にも出てくるようになるわけです。
丁度一人の人間が何かを目指し一生懸命に取り組む時、それが世のため人のためになり得ると認められるならば、その熱意に動かされ「少し力を貸してやろうか」と熱意あるところに人が集まってくる、といったことは我々の日常生活にもあることです。
人間とはそういう動物であって、指導者が誰にも勝る最高の熱意を持つことこそが、部下達の意識を高める全てであると私は考えています。
指導者たる者は、熱意から全てが始まるということを良く理解せねばならないというふうに思う次第です。




 

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