北尾吉孝日記

『対人の在り方』

2012年11月29日 17:19
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安岡正篤先生は「人に嫌われぬための五箇条」を説かれ、その第一番目として「初対面に無心で接すること」を挙げられています。安岡先生の言われるように先入観を持たずに人と接することが大切です(※1)。
また、とかく人間というのはある程度の人間であればある程、皆夫々が自分のスタイル、持論を持っているものです。
それは纏めて言えば個性というものかもしれませんが、どういう人間か分からない初対面の人に対して自らの個をぶつけた場合、それが良く作用するのか悪く作用するのかは誰にも分かりません。
それ故、人に嫌われても良いというのであれば話は別ですが、やはり人に嫌われぬためには初対面でそういうものをまともにぶつけないことが大切であると思いますし、先ずは相手が如何なる人物かを探るべく相手の話に耳を傾けるということが最も大事なのであろうと思います。どちらもそうすれば、だまり合って向き合うことになりますが(笑)。
それからもう一つ、男女の仲において自分を嫌う相手を好きでいるというケースも結構あるようですが、基本的には自分が相手を嫌う場合は相手も自分を嫌っているというケースが確率としては多いと言えましょう。
従って、そうならないようにしようと思えば正に美点凝視ということ、即ち「努めて、人の美点・良所を見ること」が、やはり非常に重要ではないかと思っています(※1/※2)。
そして更に言うと、人に嫌われぬために安岡先生は「批評癖を直し、悪口屋にならぬこと」と仰っていますが、「あの人はどうだ」とか「この人はこうだ」といった第三者に対する批評・批判は人の前で余りすべきではないでしょう(※1)。
例えば今総選挙を前に、「あの党はこうだ」とか「野田総理はどうだ」という話をするようなケースは良いと思いますが、そうした類に属さない場面において会社の同僚がどうこうといったくだらない話は慎んだ方が良いということです。
何れにしても、初めから余り自分の手の内を見せずに相手がどういう人間かを知ることに努め、そして相手を理解した後に付き合うに足る人物か否かを判断する方が賢明であると私は考えています。
その上で付き合うに足らぬと判断した人とは友となる必要はないわけで、『論語』の「子罕(しかん)第九の二十五」にもある通り、「忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ(誠実に約束を守ることを第一とし、決して自分にそぐわない人とは友達となるな)」ということではないかと思う次第です(※3)。

参考
※1:2012年11月15日致知出版社のメールマガジン『「偉人たちの一日一言」【人に嫌われぬための五箇条】』
※2:2011年6月13日北尾吉孝日記『幸せな結婚生活のために2
※3:2012年9月27日北尾吉孝日記『交友というもの




 

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