北尾吉孝日記

『将に将たる器の人』

2012年11月30日 16:10
この記事をシェアする

世の中には「大将になれる人と、大将の大将になれる人の2種類」がいて、昔から「将に将たる人」とは言いますが、では如何なる人物が将に将たる人かと聞かれますと、それを定義するのは非常に難しく、単純に定義出来るものではないと思います(※1)。
やはり将に将たるというわけですから、自分と意見が違ったり対立したりするような状況にある人、例えば敵の将からもある意味畏敬の念を持って見られ、「あいつは正に将に将たる器だなぁ~」と思われるような人を、そう言うのではないかと私自身は思っています。
即ち将という場合、例えば陸軍・海軍・空軍に夫々いる将を纏め動かしているのが将に将たる人かと言えば、必ずしもそうでもなく全軍を率いているというだけでは十分ではないということです(※2)。
先々月にも『指導者なき日本を憂う』というブログにおいて『指導者たらんとする者は、やはり世界中の万人が「あぁ、なるほどなぁ~」と思うような発言が出来るとか、あるいは「あの人がいる限り、この問題は手を出し難いな」というふうに、世界から見ても重きに思われるような人物でなければなりません』と述べましたが、敵対する相手国のそういう立場の人からも「あの人がいたら、やはり戦争になど踏み切れない…」とか「あの人のためなら、まぁ妥協点を見出そうか」というふうに思われるような人こそが、正に将に将たる人ではないかなという気がしています。
そういう意味では、先週木曜日の致知出版社メールマガジン「偉人たちの一日一言」にも「初代エリザベス女王も、当時のイギリス貴族たちがみんな奮い立ち、海賊までもが女王のために働いた」と書いてありますが、ある種の敵対者である「海賊までも」が女王のために働くということで、之は私が考える将に将たる器の定義とも類似しているように思います(※1)。
更にもう一つ別の例を挙げて述べますと、今政界では盛んに「小異を捨てて大同に就く」という言葉が安易に語られていますが、あの周恩来首相の「小異を捨てて大同に就く」という名演説によって、1955年に開催された「バンドン会議」の流れが変わり「平和10原則」の宣言が可能となったことは、今年4月のブログ『多極化世界における東洋思想の重要性』でも御紹介した通りです。
即ち、国際会議が開かれ各国首脳が集まるという場合、そこに集まる首脳とは皆ある意味で将でありますが、そういう場において一つの意見も纏らないといった時にリーダーシップを大いに発揮し、それをぱさっと纏め一つの方向性に導くような人も、やはり将に将たる人であると言えましょう。
従って将に将たる器というのは、対立する敵からも一目置かれ、「あの人のためなら…」と敵対者の中からも協力者が現れ、そして結果を出すべく一つの合意に纏める力を発揮出来る、つまりは正反合の世界をどれだけ創ることが出来るのかにより、その偉大さが定義されてくるのではないかという気がしています。
中国古典の『文章軌範』という本の中に「一国は一人を以て興り、一人を以て亡ぶ」という有名な言葉もありますが、此の21世紀日本のみならず世界中で希求されるのは将に将たる人であり、そういう人が世界とのコミュニケーションを図り、世界を引っ張って行く中で正反合を具現化する、正に中庸の世界というものを実現して行くことが益々大事になってくるのではないかと私は考えています(※3)。

参考
※1:2012年11月22日致知出版社のメールマガジン『「偉人たちの一日一言」【将に将たる人】』
※2:2011年12月15日北尾吉孝日記『「坂の上の雲」のテレビドラマ化
※3:2012年4月5日北尾吉孝日記『多極化世界における東洋思想の重要性




 

(任意/公開)
(任意/非公開)



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.