北尾吉孝日記

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貴賤貧富を問わず誰にとっても一日24時間、時間ほど公平に与えられているものはありません。それ故、時間をどう使うかということが、その人の一生を決めて行きます。
例えば、吉田松陰や坂本龍馬のように非常に短命で早世する人もいますが、彼らは人生をある意味深く生き、後世に名を残すことが出来た人達です(※1)。
では、彼らのように早世しても尚名を残し得た人物と、我々凡人とを比べた時に一体何が違うのかと考えてみるに、私は志と覚悟が決定的に違っているのであろうと考えています。
人間として生まれ、如何なることに志を立て自らの時間を使うのか、ということを真剣に考えない人が最近は結構多いように感じます。
取り分け現代のように、平均寿命が女性では86歳、男性では79歳という中で非常に長生き出来るような状況において、惜陰(時間を惜しむこと)ということを頭に入れ、時間の進む速さとその使い方を考え続けている人は非常に少ないと思います(※2/※3)。
特に若い時は、正に此の一時一時を大切にし寸暇を惜しんで行くということを等閑にしがちですが、時間は必ず前に進んでおり後ろに進むことはありません。
我々が子供の時に習った、「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず。未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢、階前(かいぜん)の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声(しゅうせい)」や「年年歳歳花相似たり歳歳年年人同じからず」という有名な漢詩の中においても、先哲はこの世の儚さを感慨すると共に、片一方で寸暇を惜しんでいるわけです(※4)。
従って、人間というのは儚く何時死ぬか分からないものであり、人生は二度ない、という真理を先ずは肝に銘じ、そしてその中で、自分の人生の時間を如何に使って行けば良いのかを真剣に考える、ということが大事になるのです。
私は人夫々に天役、換言すれば天が与えた此の地上におけるミッション「天命」を持って生まれていると思っています。
天命を持っていない人はいないということを肝に銘じ自分自身の天命を模索しながら、どう自分の時間を使うのかを真剣に考え、時間というものを自分でコントロールして行くべきではないかと思います。

参考
※1:2012年7月12日北尾吉孝日記『夢なき者に成功なし
※2:厚生労働省 「平成23年簡易生命表の概況
※3:2012年4月20日北尾吉孝日記『自己を得る
※4:2009年3月23日北尾吉孝日記『友人の急逝に思う




 

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