北尾吉孝日記

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豊臣秀吉が天下を取って以後、彼が生きている限りにおいて彼に刃向かう者は誰もいませんでした。
何故そうであったのかと言えば、水呑百姓として生まれ足軽から入って頂上を極めた彼は、ある意味で人情の機微を知り尽くしていたということではないかと思います。
然も、へまをやれば直ぐに首を斬られるかもしれない極めて難しい男、織田信長の下に仕える中であらゆる苦難辛酸というものを嘗め尽くしたからこそ、彼はそう成り得たのでありましょう。
『孟子』の中にも「天の将に大任を是の人に降さんとするや、必ず先づ其の心志を苦しめ、其の筋骨を労し、その体膚を餓やし、其の身を空乏し、行ひ其の為すところに払乱せしむ。心を動かし、性を忍び、その能はざる所を曾益せしむる所以なり」とありますが、やはり色々な面で大変な経験を積み、曾国藩が言う「四耐四不(冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、激せず、躁がず、競わず、随わず、もって大事を成すべし)」で様々な艱難辛苦を克服して行く中で自らを鍛え上げ、そしてまた片方で学をしながら事上磨錬し知行合一を実践して行くことが大事です(※1/※2/※3)。
人というのはそういう中で進歩して行くわけで、例えばサグラダ・ファミリア主任彫刻家の外尾悦郎氏などは「同じ状況にいても、苦悩しない人は何も気づかない」と述べていますが、様々な事に気付くのは人間としての進歩の一つの表れなのです(※4)。
多少ニュアンスは異なるかもしれませんが、「空気が読めない」というのも一つの気付きがない、つまりは人としての進歩がないとも言えるわけで、やはり気付く人と気付かない人の間には「過去どれだけ真剣に世の中を生きてきたか」という生き方の違いが、全て表れるのであろうというふうに私は思っています。

参考
※1:古今名言集~座右の銘にすべき言葉~ 東洋の古典書籍「孟子-告子下[15]
※2:2012年10月12日北尾吉孝日記『知情意をバランスする
※3:2012年4月20日北尾吉孝日記『自己を得る
※4:2012年12月3日致知出版社のメールマガジン「【人間力】気づく人と気づかない人の違い」




 

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