北尾吉孝日記

『中国古典の読み方』

2013年2月14日 17:27
この記事をシェアする

先日も御紹介した『安岡正篤 活学一日一言』(致知出版社)におきまして、安岡先生は次のように述べておられます(※1/※2)。

【皆さんに読まれて好いと思う書をおすすめすると、日本人の親しんだ漢籍では、『小学』『孝経』から手をつけるのが宜しい。その次に四書を読む。『大学』『中庸』『論語』『孟子』。】

此の『小学』『孝経』から始めた方が良いという安岡先生の説には、私も全く同感です。
『小学』は、人間としての基本的な道徳と立ち振る舞いを説いたものですが、だからと言って何も小学生が読むというわけではありません(※3)。
例えば、明代の碩学章楓山の所に新進の進士(科挙試験合格者)が訪ね来る次のような話も中国古典の中にはありますが、『小学』というのはそれぐらい何度読んでも良い本であると思います(※4)。

【私も進士の試験に及第しましたが、これから一つどういう風に勉強すれば宜しいのでしょうか、ご教示願いたいと頼んだ。
 章楓山はこれに答えて「なんと言っても『小学』をやることですね」と言った。言われた進士は内心甚だ面白くない。進士の試験に及第した自分に『小学』をやれとは、人を馬鹿にするにも程があるというわけであります。
 そうして家に帰り、なんとなく『小学』を手にとって読んでみた処が、誠にひしひしと身に迫るものがある。そこで懸命に『小学』を勉強して、再び章楓山を訪れた。するとろくろく挨拶も終らぬうちに章楓山が言った、「大分『小学』を勉強しましたね」と。びっくりして「どうしてわかりますか」と訊ねたところ、「いや、言語・応対の間に自ずから現われておりますよ」と答えたということであります。】

また『孝経』についても、孝はあらゆる道徳の基になるものですし、取り分け日本の先哲中江藤樹などは之を非常に重視したわけですから、そういう意味でも早い内に読んだ方が良いでしょう。
従って、先ずは『小学』『孝経』から手を付け、次に四書(『大学』『中庸』『論語』『孟子』)を読み、そして余力のある人は五経(『易経』『詩経』『書経』『礼記』『春秋』)に移ったら良いのではないかと思います。
ただ難しいのは、例えば『易経』には素晴らしい言葉が沢山ありますが、いざ此の64卦の卦をじっくりと読んで行きますと非常に難解な事が出て来ますし、あるいは『詩経』にしても、その情景が目に浮かばねば結構難しく中々分かるというところまでは行きません(※5/※6/※7)。
そういう意味では、余力のある人が五経に移り『易経』などに挑戦するのもどうかなとも思われますから、寧ろ一般的に面白いと思われる『菜根譚』や陽明学の『近思緑』『伝習録』といったものを読むのも良いのではないでしょうか。
また、安岡先生は「五経は皆読みたいが(中略)解っても解らなくとも、何回も読むうちには自然にわかってくる。その後で『老子』『荘子』を参考するも宜しい」と述べておられますが、年をとるにつれて『老子』や『荘子』といったものを中国古典では読んだら良いように思います(※2)。
ちなみに日本の古典で言うと、例えば佐藤一斎の『言志四録』なども一読の価値があると思いますし、中江藤樹や二宮尊徳も出来れば読むのも良いかもしれません(※8)。

参考
※1:2013年2月4日北尾吉孝日記『続・母と志
※2:2013年1月22日致知出版社のメールマガジン『「偉人たちの一日一言」【古典の読み方1】』
※3:2012年9月4日北尾吉孝日記『宗教教育について
※4:Google ブックス「(文庫)人間としての成長: 東洋の古典から何をいかに学ぶか
※5:2009年3月2日北尾吉孝日記『「易経」に学ぶ①
※6:2009年3月2日北尾吉孝日記『「易経」に学ぶ②
※7:2012年10月25日北尾吉孝日記『感性を高める
※8:2011年6月13日北尾吉孝日記『読書の在り方




 

(任意/公開)
(任意/非公開)



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.