北尾吉孝日記

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毎年このシーズンになりますと、SBI大学院大学の卒業式や入学式、あるいは入社式で喋るということがあるわけですが、此の時季に私がどのようなことを考え、特にこれから巣立って行く卒業生に対して何を話しているか、ということの一端を少し御披露したいと思います。
先ず、此の卒業ということは終わりというのではなく、正に人生がスタートして行くということであって、それゆえ米国英語では卒業式をcommencementと言い、始めるという意味のcommenceを用います(※1)。
では、学窓を出て社会人になって行く人達が何をすべきかと言えば、それは正にある意味非常に矛盾に満ちた多難な然も複雑霊妙な此の実社会に入っていくわけで、そこで今度は活学を実践するということでなければなりません。
そういう意味では、それまでの学問知識のための死んだ学問ではなく、本当の意味での生きた学問の時間というものが、これからスタートするということだと私は捉えています。
此の実社会においては、先ず第一に学生時代のようなhomogeneous(同質的)な世界、即ち先生等を除けばその殆どが自分と年齢が近い同世代の人達という状況ではなく、これまでとは全く違ったheterogeneous(異質的)な世界を形成して行くことになります。
勿論、同じ年齢位の同僚も入社してはきますが、自分を取り巻く圧倒的多数は年齢的にも考え方の面でも大きく違うような人達で、然も取引先や株主等々の様々な利害関係者が自分の周りに沢山存在するようになります。
そういう中である種の上下関係、指揮命令系統というのは当然どの組織にもあって、学生時代には経験していなかったような世界に飛び込んで行くことになるわけです。そういった世界に飛び込むと否応無しに、最初は言われたことを言われたように素直にやるというのが殆どです。
それに関して、初めの内は彼や此れやと考える若者も多いのですが、段々と年を経るに連れて、先輩を見ていてもそうだし後輩を見ていてもそうだからという中で、それが当たり前の世界すなわち習慣性を帯びたある種の因習的世界に入り込んで行くケースが多くあります。
因習的な会社には一つの社風ということもありますし、そういうふうになった方が摩擦軋轢が少ないという部分も勿論あるのかもしれませんが、そういう世界では個性がどんどん無くなって、各人が一つの組織の中の個人という小さな存在に皆なり、個の存在がどんどん小さくなり、組織の中に埋没して行きます。
そういう中で、仕事上の若干の創意工夫をするような人も中にはいますが、その殆どは何の疑問も挟むことなく創意工夫すらしないような人となり、もっと言えば自分に与えられている仕事が会社にとって一体どういう意義があるのかといったことも考えない、というレベルの人にまで成り下がっていくことになります。
年を取ってある意味朽ちるという「老朽」と対になる言葉で「若朽(若いのに気力に欠け、役に立たないこと。また、その人)」という言葉がありますが、前記したようにして10年、20年と時が経って行くと、正に若朽という状況に落ちて行きます。
他方で佐藤一斎の「三学戒」にあるように、「少(わか)くして学べば壮にして為すあり。壮にして学べば老いて衰えず。老いて学べば死して朽ちず(若くして学べば、大人になって、世のため、人のために役立つ人間になる。壮年になって学べば、年をとっても衰えず、いつまでも活き活きとしていられる。老いて学べば、肉体が滅びようとも、その精神は永遠に残る)」ということもあるのかもしれません。
年を取った人でも何時も自主性・主体性、そして様々な生活の中における創造性というものを発揮出来るような人もいますし、少なくとも私自身はそう在りたいという思いだけは常に人一倍強く持ちながら馬齢を重ねて行っているつもりです。
老朽になりたくないというふうに私自身が思っているのですから、況して若い人が若朽に落ちるなどというのは絶対に駄目だと思い、時々そういう人を見かけると御節介かもしれませんが、人生の先輩として何とかして上げたいという気持ちになることが多々あります。
此の天というか造化というのは創造化育、即ち此の世のあらゆる物を創り、人智では計り知れないあらゆる知恵を結集して素晴らしい人間という存在を創りたもうたわけです。
そしてまた、天はその人間をして天自らの心を開くととにも人間界に増す増す繁栄が続いて行くようあらゆる工夫をし創りたもうたのですから、そもそも人間の在り方というのは此の天に倣って自らを化し、そして自らを育てて行くというある意味での天命を我々夫々が持っているのです。
「年五十にして四十九年の非を知る」(淮南子)、「行年六十にして六十化す」(荘子)という言葉がありますが、我々は自己の向上を目指す努力を惜しむことなく何歳になろうが常に変化し、そしてより良きようにという気持ちを持ち続けて行くのが天から課せられた使命だというふうに私は考えています(※3)。
これから実社会に出て行く若者達には、世の組織の中で個を埋没させ、己を化し育て築き上げるということがなくならないよう、決して若朽に落ちることのない社会生活を営んで頂きたいというふうに強く思う次第です。

参考
※1:2011年4月4日北尾吉孝日記『2011年度入社式訓示
※2:2009年12月22日『安岡正篤ノート』(致知出版社)
※3:2012年4月19日北尾吉孝日記『起業を志す方へ~人間学の重要性~





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  1. H.P新しくなさいましたが、キーボードでログインする為には
    スクロールしなければなりませんので、改善 お願いします。
    大事な事です.他社では、こんな基本的なミスはありませんよ。



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