北尾吉孝日記

『人が変わる時』

2013年5月2日 15:20
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凡そ2年前、私は『成功する人、失敗する人』というブログの中で、『成功する人というのは基本的に運が強い人なのだろうと思います。(中略)では、その運を強くするのは一体何かということですが、私は「努力」「誠実さ」「粘り」の3つが特に重要ではないかと考えています』と述べました。
そしてまた、『「努力」「誠実さ」「粘り」がある人であっても、成功を収めることが出来ない人も中にはいるかもしれません。しかし、人間として不誠実で努力もせず、怠慢な日々を送っている人が成功するはずもないわけで、失敗する人というのは明らかに良く分かるものです』とも述べました(※1)。
では、人の上に立つ者として、上記3点が欠落した「失敗する人」を如何に変えて行くことが出来るかという問いに対し、率直に申し上げるならば、ある程度の年齢までそのスタイルでやってきた人を変えるのは、中々難しいことではないかと思います。
結局人間というのは、自らが自らを創り上げ築いて行く以外に道はなく、自らの意志で自らを鍛え修めて行く「自修の人」といったことなのだろうと思われ、他人が感化して行くというのは困難なことだと言えましょう(※2)。
唯、そういう中にあっても拙著『仕事の迷いにはすべて「論語」が答えてくれる』(朝日新聞出版)でも述べたように、曲がった部下は真っ直ぐな上司の下に置くということが一つ大事なポイントだと考えています。
『論語』の「顔淵第十二の二十二」でも「直きを挙げて諸(こ)れを枉(まが)れるに錯(お)けば、能く枉れる者をして直からしめん」と述べられており、つまりは「真っ直ぐな人、すなわち正しい人を引き立てて、曲がった人の上におけば、やがて下にいる曲がった人も真っ直ぐになる」ということはあると思います(※3)。
他方、人生には幾つかの大きな転機があって、その転機で人が変わり得る可能性は非常に高く、例えば男性の場合は結婚をし、妻子とりわけ自分の血を分けた子供を養って行くという責任が課された時、その中で変わろうと決意をする人が、私の経験上では多いように思います。
凡そ1年前にも『恒心を保つ』というブログの中で「発心」「決心」「相続心」ということを御紹介しましたが、自分の血を分けた目に入れても痛くないような子供の成長を見るに連れ人は変わって行く部分があり、その変化に対する決意は相続心にまでなって続いて行くというケースが結構あると思います。
それからもう一つ、やはり素晴らしい人との出会いというものが人を変えて行く切っ掛けになると思われ、自分より優れた人間を見た時にその人を敬する心を持つということ、そして同時に自分がその人間より劣っているということに恥ずる心を持つということ、此の『敬と恥』が人を変える一つの原動力になるものだと思っています。
之については当ブログでも何度か御紹介してきたように、敬があるからある意味恥があるというふうに言えるもので、人間誰しもが持っている一つの良心と言っても良いかもしれないものですが、此の「敬と恥」というものも人を変え得る可能性があるというように私は考えています(※4/※5/※6)。

参考
※1:2011年6月8日北尾吉孝日記『成功する人、失敗する人
※2:2013年3月13日北尾吉孝日記『教養人たる3つの条件
※3:2012年8月10日『仕事の迷いにはすべて「論語」が答えてくれる』(朝日新聞出版)
※4:2010年3月2日北尾吉孝日記『人生を生きて行く上で大事なこと
※5:2013年3月19日北尾吉孝日記『人物をつくる3つの要諦
※6:2013年4月11日北尾吉孝日記『敬と恥




 

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