北尾吉孝日記

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「事実は小説よりも奇なり」という言葉がありますが、中国でネズミ等の肉を羊肉と偽装していたのには「何と言う国か・・・」と全く恐れ入りました。
此の背景を考えてみるに、先ずは毛沢東を後ろ盾にして暴政を振るったと言われる四人組の時代、秦始皇帝により為されたあの「焚書坑儒」のような儒学の排斥を「批林批孔」運動の下で行い、ずっと道徳教育を蔑ろにしてきたということが挙げられます(※1)。
そしてまた「一人っ子政策」という中で、基本的に6人の大人(実質的な両親、父親の両親、母親の両親)が1人の子どもを至れり尽くせりで甘やかしてきているという状況が、自らの利益しか考えずその利益を確保するためには何をしても良い、というふうに考える連中が出てきている主因だと思います(※2)。
こうした類の問題は何も中国に限ったことではなく、例えば欧州でも所謂「馬肉混入問題」が発覚したように世界中で様々出てきているものですが、之は正に道徳の問題であり徹底的な道徳教育こそが解決へと導くものだと私は考えています。
此の道徳教育をきちっとやるということが夫々の国の務めであり、之をきちっとやらない国は結局世界から軽蔑される国になるわけで、「あの国で食事をしたら、何の肉を食べさせられるか分からない。ネズミからキツネから全部混ぜられていて、恐ろしくて何も食べられない」ということではお話になりません。
臭いを消す工夫をしたりエッセンスを入れて味を誤魔化すといった技術だけは発達しており、そういう中で細切れにして何の肉か分からないようにしようとする連中も出てくるのであって、やはり中国においては今こそ国を挙げて道徳というものを徹底的に教育すべきだと思います。
日本の場合を例に見れば、江戸時代において武士道が廃れ魂を失った似非武士のような類がどんどん出てき、そしてまた町人は町人で娯楽快楽ばかり追求し風俗は乱れモラルがなくなって行くという状況の中で、石田梅岩先生は「石門心学」を唱えて商行為の正当性を説き商人社会に所謂商人道というもの示したと言われます(※3)。
あるいは明治時代、あの資本主義の勃興期にあって現在も残るメジャーな会社を含め500以上の会社の設立に関わりを持ったとされる渋沢栄一翁は、「論語と算盤」を掲げ「道徳経済合一説」を打ち出して商業道徳というものの必要性を鼓舞したと言われます(※4)。
中国におけるあらゆる問題の根底には、正に国民の道徳観の欠如ということがあるわけで、今中国の企業人の中に上述したような商業道徳を唱える人物が出てこなければ、何時まで経っても羊肉偽装のような信じ難いことをする輩は社会から消え去らないというように私は思っています。

参考
※1:2009年4月21日北尾吉孝日記『中国ビジネスの一つの考え方
※2:芸文道 歴史と文化「【629回】 一一・八・三一 ――権力闘争とは、歴史解釈権をめぐる壮絶な闘いである 《付:川柳》
※3:2012年7月27日北尾吉孝日記『「長寿企業大国にっぽん」のこれまでとこれから
※4:2012年7月3日財団法人渋沢栄一記念財団「渋沢栄一関連会社社名変遷図




 

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