北尾吉孝日記

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中国が色々な意味であれだけ大きな経済大国である以上、之が経済的にも政治的にも上手く運営されて行くということは、今や世界中どの国にとっても非常に大事なことです。
そういう意味では、中国自身も今までのような大国としての認識の仕方を改めて、寧ろ大国であるから「世界に対して、如何なる責任を持つべきか」とか「世界との調和をどう図り、如何なる形で小国や貧国を助けて行くか」といった観点に立って、様々な言動をして貰いたいと思います。
世界各国が皆大国として認識する此の中国という国が、ある意味世界から尊敬され羨望の眼差しで見られる経済大国となるのか、はたまた自国にとって都合の良いことばかりを言う守銭奴のような国だと世界から軽蔑の目で見られるのか、その瀬戸際にきているのではないかというふうに私は感じています。
大国になればなる程、色々な意味で責任が重くなるということですから、やはり今までにも況して、中国の指導者は自重して行くという姿勢を示して行かねばならないのだろうと思います。
人に「人徳」があるように、会社には会社の徳「社徳」があり、国には国の徳「国徳」というものがあって各々でその成長のステージに応じて磨いて行かねばならないわけで、中国には国としての徳をもう少し磨いて貰いたいというように痛切に感じています。
当ブログにおいても、4月3日『習外交と安倍外交~ロシア、アフリカ、アメリカ、モンゴル~』や4月11日『敬と恥』、あるいは5月14日『「偽装羊肉問題」について』等々で指摘してきた通り、中国はあれ程の公害を発生させ世界中に撒き散らしたり、天然資源や食料といったもの全てを可能な限り買い漁るべく、アフリカ等の資源国に大挙して札束を持って行くといった具合で、「何と品のない国か・・・」という気がするわけです。
「品がない」ということで思い出しましたが、先月30日にロシアで行われた「20年五輪招致プレゼン」での猪瀬氏の発言、「すぐに銀行から出せるお金が45億米ドル(約4500億円)もあるんです」というのも、これまた酷いものでした(※1)。
之は世界中の見識ある者から顰蹙を買う発言であって、こうした彼の発言というのは浅薄な教養と人格の陶冶が十分に出来ていない人により為される、典型的な言動であるように思います。
中国においては、経済の民主化から政治の民主化ということが叫ばれるようになり、それは何者も抗することが出来ない一つの時代の流れであるわけですが、晩年の温家宝前首相がそれをはっきりと叫んでいたのとは対照的に、習近平体制においてはそういう声が余り出てきていません(※2/※3)。
李克強首相は元々「胡錦濤・温家宝」寄りだと言われていて、政治の民主化についてもそうした方向性を持っているというふうに私は認識していましたが、彼においてもはっきりとした姿が見えてきません。
習近平主席は寧ろ軍部と非常に密接な関わりを持つ強硬保守路線を今のところ貫いている気がしており、未だ分からない面も沢山ありますが、彼の口から「核心的利益」ということが盛んに発せられるといった部分で、小生としては若干の心配をしているところです。

参考
※1:2013年5月31日朝日新聞『3都市、弱み「克服」アピール 20年五輪招致プレゼン
※2:2012年11月16日北尾吉孝日記『衆議院解散を前に~短命政権化する日本政治~
※3:2011年10月5日北尾吉孝日記『米欧中現在の情勢




 

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