北尾吉孝日記

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SBI大学院大学の「ビジネスレポート」で今年2月に紹介されていた「得道多助、失道寡助(道義にかなえば多くの助けが得られ、道義に反すればほとんど助けは得られない)」という中国の諺について、私は全くその通りだと思っています。
中国の戦国時代の『列子』に「愚公山を移す」という言葉がありますが、「愚公という老人が、交通の便をよくするために一族で自宅の前にある山を崩しはじめた。これを見た人が、その愚かさを笑ったのに対し、愚公は、子々孫々続ければいつかは成功すると答えた。その志に感じた天帝が一夜で山を移させたという」話もあります。
つまり、人が何を以て「この人を助けてやろう」と思うのかと言えば、やはり上述したように「なぜ無意味な事をしているのか」と思いながらも、その一途で一生懸命な姿に共感を持つようになって行くとか、あるいは誰かが始めた善意のボランティア活動等においても、時と共にその活動に対して共感を覚え、サポートを買って出るといった形なのだろうと思います。
本来人間は皆「赤心(嘘いつわりのない、ありのままの心)」で無欲の中に生まれてきているにも拘らず、段々と自己主張するようになり私利私欲の心が芽生えてき、そして私利私欲の強さに応じて次第に心が雲って行き、結果として悪人になったりする人も出てくるのだろうと思います(※1)。
人間誰しもが持っている良心というのは欲に汚れぬ限り保たれて行くものであり、故に老子は「含徳(がんとく)の厚きは、赤子(せきし)に比す…内なる徳を豊かに備えた人の有様は、赤ん坊に例えられる」と言い赤心にかえれとしたわけで、自らを犠牲にしながら世のため人のために何かを為している人を見ていて、放って置けないという気持ちは皆必ずあるはずです(※2)。
あるいは孟子の言う「惻隠の情」、即ち「子供が井戸に落ちそうになっていれば、皆が助けに行こうとする」という人として忍びずの気持ち・心は、人間皆生まれ持ったものであり本来的にそうした気持ちが備わっているはずですから、此の良心というものが先ず以てあるのだろう思います(※3)。
そして、此の良心に従って行動している人に対し、その人を見ていて共感する気持ち、之を森信三流に言えば「志念の共有」ということになりますが、そういう立派な人の行動を見ていて感化されて行くというのが、人間というものなのだと思います。
私は最近、昔から非常に尊敬している経営者の一人、出光興産創業者の出光佐三氏について何かを書こう思い、今改めて関連文献を見ているのですが、例えば『日本人にかえれ』(ダイヤモンド社)という本の中で、彼は出光の経営というのを一つの試験管の中の姿だとして次のように述べています(※4)。

『まず出光の試験管の中の姿を産業界に示していき、産業界がこのあり方を研究することによって「日本人による経営」を再認識していただければと思っているのです。それがさらに政界、教育界に広まっていく、そして日本全体が人間はかくあるべきものなりという試験管になる。その日本の姿を外国に示していく。外国人には日本の実態を見せ、興味を起こさせ、自発的に研究させていく。外国人に自問自答させる。それ以外に理解させていく方法はないと思います。そこに日本人の世界的使命があると私は言い続けているのです。』

結局のところ外国人であれ日本人であれ、彼らが為す行為の中に良心や真心あるいは道義といったものが感ぜられたら、必ずサポーターの類が現れてくるということだと思われ、そしてまた此の「多助(多くの助け)」というのは、人からの助けのみならず天もまた助けてくれるということだと思います。
例えば、欧米にも「God helps those who help themselves(天は自ら助くる者を助く)」という諺がありますし、あるいは『易経』の中にも「積善の家には必ず余慶有り。積不善の家には必ず余殃有り(善行を施している家は余分の恵みがあります。逆に不善を施している家は余分の災いがあります)」という言葉がありますが、「積善の家」には天の恵みもまたあるのだということです(※5)。
要するに、己の行為が本当に「天を仰いで恥じず、地に伏して恥じず」なのかを常に考え、自らの心に一点の曇りなきことを、世のため人のためと思い自分の使命として堂々と為して行くならば、そこには必ず良いことがあるはずなのです(※6)。
時として誤解されたり誹謗中傷を受けたりといったことも勿論あって、例えば先述した出光氏も長年に亘って大変な闘争を続けてきたが故に毀誉褒貶の多々あった人物で、彼は「国賊」とまで言われ色々な形で大変な苦労もした人です。
しかしながら、彼は「いじめられるということがわれわれにとっては鍛錬であり、わたしは非常に感謝をしておる。日本の政府までが外国の石油カルテルといっしょになって、出光を鍛錬してくれる。このようにいじめられて、鍛錬されたところに、今日の出光の強さができ」たと述べているように、「艱難汝を玉にす」と言い聞かせ非常に良い会社を創って行ったということです(※7)。

参考
※1:2012年8月2日北尾吉孝日記『善人と悪人
※2:2010年8月10日ちょんまげ英語日誌「老子 第五十五章 含徳の厚きは、赤子に比す
※3:2009年5月1日北尾吉孝日記『児童虐待と戦後教育
※4:2013年7月9日北尾吉孝日記『参院選後の安倍政権の行方
※5:2009年3月2日北尾吉孝日記『「易経」に学ぶ①
※6:2011年2月25日北尾吉孝日記『人間の使命
※7:1971年『日本人にかえれ』(ダイヤモンド社)




 

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