北尾吉孝日記

『人の真価というもの』

2013年9月25日 16:26
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人物評価の方法については、凡そ2年半前のブログ『人物を得る』等でも、中国明代の著名な思想家・呂新吾の『呻吟語』の中にある言葉、「大事難事に擔當(たんとう)を看る・・・大事や難事には、それを担うだけの人物たるかを看る」、「逆境順境に襟度を看る・・・逆境や順境には、それで心が萎えたり調子に乗ったりせぬかを看る」、「臨喜臨怒に涵養を看る・・・喜びや怒りには、感情の動きに左右されないかを看る」、「郡行郡止に識見を看る・・・集団の中に在れば、多数に流されて本質を見失わないかを看る」を御紹介しました(※1)。
あるいは、孔子曰く「其の以(な)す所を視、其の由(よ)る所を観、其の安(あん)ずる所を察すれば、人焉(いずく)んぞ廋(かく)さんや、人焉んぞ廋さんや・・・人の一挙一動を見て、これまでの行為を詳しく観察し、その行為の動機が何なのか分析する。そして、その人の安んずるところ、つまり、どんな目的を達すれば満足するのかまで察する。そうすればその人の本性は隠しおおせられるだろうか?決して隠せおおせないものなのだよ」ということで、人を見抜く基本的な方法として彼は「視・観・察」の三つを挙げています(※2)。
また、安岡正篤先生は「人間の真価はなんでもない小事に現われる」というふうに言われていますが、私も全くその通りだと思っていて、その人の真価というか本質というか人格というか品性というか、兎に角その日その時のちょっとした立ち居振る舞いにその人の全ては現れてきます(※3)。
大きい事だから現れるとか、小さい事だから現れないといったものではなく、あらゆる事に現れるということであって、とりわけ出処進退です。何か取り繕ってみたところで、その人の平生の態度がどうであったかということが出処進退には全部現れてくるのです(※4)。
そして、小さい事に気が付く人は大きい事にも気が付きますから、「小事を如何に処理して行っているか」とか「平生小さい事に対する気を付け方はどうなっているか」とかいうことを見ていれば、当然その人の全てが出てくるというわけです。
隠そうと思って隠せるものではなく、必ず現れてくるのがその人の品性であり、その人の真価というものであって、だからこそ平生の心掛けが大事なのだというふうに私は思っています。
スイスの有名な法学者、哲学者であり政治家であるカール・ヒルティーが『幸福論』の中で「人間の真実の正しさは、礼節と同様、小事に於ける行に表れる。小事に於ける正しさは道徳の根底から生ずるのである。之に反して大袈裟な正義は単に習慣的であるか、或いは巧智に過ぎぬことがあり、人の性格について未だ判明を与えぬことがある」と言っていますが正に至言です。

参考
※1:古今名言集~座右の銘にすべき言葉~東洋の古典書籍「大事難事には担当を看る(酔古堂剣掃 – 醒部[54])
※2:2012年12月26日北尾吉孝日記『中国古典から見る人物の見極め方
※3:2013年9月5日致知出版社のメールマガジン『「偉人たちの一日一言」【人間の真価】』
※4:2007年8月10日北尾吉孝日記「出処進退と部下の処罰




 

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