北尾吉孝日記

『争いというもの』

2013年10月25日 16:19
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『論語』の「八佾(はちいつ)第三の七」に「君子は争う所なし。必ずや射(しゃ)か。揖譲(ゆうじょう)して升(のぼ)り下り、而(しか)して飲ましむ。其の争いは君子なり・・・君子は人と争うことはないが、もし争うとすればそれは競射の時ぐらいだろう。お互いに礼をして堂に登り、競射が終わるとお互いに酒を酌み交わす。いかにも君子らしい争いではないか」という孔子の言葉があります。
君子は基本的に争いというものを好まず、争うとしたら弓矢程度の話だと孔子は言っているわけですが、彼は何故「争う所なし」とするかと言うと、それは例えば「君子は周して比せず、小人は比して周せず・・・君子は誰とでも親しみ合うが、お互いに馴れ合うことはない。小人はお互いに馴れ合うが、誰とも親しみ合うことはない」(為政第二の十四)とか、「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず・・・君子は調和をとっても同調して徒党は組まないが、小人は徒党を組んで同調しない」(子路第十三の二十三)とあるように、決して偏することなく付和雷同することない生き方を目指しているからです。
即ち、「中庸の徳たるや、其れ至れるかな・・・中庸は道徳の規範として、最高至上である」(雍也第六の二十九)と言うように、中の世界というのは争いの世界ではなく、基本的に正反合(ヘーゲルの弁証法における概念の発展の三段階。定立・反定立・総合)の合の世界なのです(※1)。
故に孔子は、最も「至れる」とする「中庸の徳」を身に付けた人間は、あらゆる考え方において正反合の合を追求する人であるはずだとして、仮にそれが君子たる者とすれば「争う所なし」というわけです。
他方で、『論語』の「為政第二の二十四」に「義を見て為(せ)ざるは、勇なきなり・・・義を見て当然行うべきことと知りながら、それを実行しないのは臆病者である」という孔子の言葉もありますが、之は例えば「時に戦争も必要だ」という見解に対して、「義」ということにおいて如何なものかというふうになります。
あるいは、「直(なお)きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ・・・公正公平をもって怨みに報い、恩徳によって恩徳に報いるべきです」(憲問第十四の三十六)とも述べており、「怨みに報ゆるに徳を以ってす」という老子流の考え方に対し、彼は怨みや悪には直(ちょく)を以て報いるべきと言っています(※2/※3)。
それは、相手に不徳であることを納得させるとか、相手に不義であることを納得させるといったことで、物事の判断を公平公正に下した上でどうなのかという話であり、争いではありません。
先週金曜日のブログ『夫婦喧嘩は犬も食わぬ』でも述べたように、詰まらないことで目くじらを立てるのも如何なものかと思われ、無意味な争いは基本的にすべきではないということだと思います。

参考
※1:2013年10月16日北尾吉孝日記『巧言、令色、足恭なるを恥ず
※2:2012年3月29日北尾吉孝日記「『論語』と私
※3:2012年5月28日北尾吉孝日記『孔子と老子




 

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