北尾吉孝日記

『人格を築く』

2013年11月13日 11:46
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今月1日の致知出版社メールマガジン「偉人たちの一日一言【人格の完成】」では、「若い時に人格の根本を築く学問をしっかりやる─それで人物が出来る。この人格の根幹的完成は先ず二十五歳までで、それからは惰力で三、四十歳までゆく」という安岡正篤先生の言葉が紹介されていました。
此の「学問をしっかりやる」とは、人間学であり本学をきちっと学ぶということを指しており、日本の教育課程において小学校から大学まで習う時務学と称するもの、即ち末学を学ぶということを指しているのではありません(※1)。
1年前のブログ『学習の原点とは何か~社会の進歩、人類の進化~』でも述べたように、末学を以て本学とするのは正に本末転倒であって、人間として此の世に生を受け如何なる人生を世のため人のために送って行くかということを学ぶ本の学こそが、あらゆる学の基本であり「本学なくして末学なし」と私は考えています。
従って何時も言っていることですが、やはり此の20代・30代という「若い時」に本学をしっかり身につけるということが何よりも大事であって、実用的・実務的なちょっとした知識を身につけるとか或いは仕事上ちょこっと役立ちそうな学問をしただけで、一人前の仕事が出来るなどと思ったら大間違いです。
拙著『人物をつくる―真のリーダーに求められるもの』(PHP研究所)の「文庫版まえがき」で、私は『かつて吉田松陰は「それ学は人の人たる所以(ゆえん)を学ぶ」と言った。人の人たる所以は詰まる所、徳性と知識・技能に集約される。徳性を修めるのが人間学であり、知識・技能を身につけるのが時務学である。中国古典では人間学を本学とし、時務学を末学と教えている』と述べましたが、一番大事なのは本学を身につけた上で末学を色々な形で吸収して行き、そして今度はそれを知行合一的に実践を伴う形にし本当の意味で血肉化するということです。
故に上記した通り「この人格の根幹的完成は先ず二十五歳までで、それからは惰力で三、四十歳までゆく」と安岡先生は言われていますが、やはり佐藤一斎の「三学戒」にあるように「壮にして学べば老いて衰えず(壮年になって学べば、年をとっても衰えず、いつまでも活き活きとしていられる)」というわけで、決して惰力で行くなどとは考えず生涯学び続けねばなりません(※2)。
『論語』の「泰伯(たいはく)第八の七」で、曾子(そうし)は「士は以て弘毅(こうき)ならざるべからず。任重くして道遠し。仁以て己が任と為す。亦(また)重からずや。死して後已(や)む、亦遠からずや。・・・学徒たる者は度量があって、意志が強く、毅然としていなくてはならず、責任重大で道は遠い。仁道を推し進めるのが自らの責務であり、この任務は重大である。死んで初めて終わるとは、何と道程は遠いことではないか!」と言っています(※3)。
「任重くして道遠し」ということで人道を極めるとは正にそういうものであり、人間学は簡単に身につくわけでもありませんから、中途半端に終えて惰力で行くというのでなく、死ぬまで続くものと捉えるべきだと思います。

参考
※1:2011年4月4日北尾吉孝日記『2011年度入社式訓示
※2:2013年8月20日北尾吉孝日記『仕事との向き合い方~20代・30代・40代・50代~
※3:2012年4月19日北尾吉孝日記『起業を志す方へ~人間学の重要性~




 

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