北尾吉孝日記

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定期購読誌『いきいき』の2013年12月号には、稲盛和夫さんのインタビュー記事「感謝の気持ち、利他の心、笑顔で」が載っており、その中で「仕事一筋だった人生にひとつの節目を迎えた」稲盛さんは、『こんな格別なことがない平凡な日でも、とにかく毎日、「ありがたい」という気持ちがふつふつと湧いてくるんです』と述べておられます。
そしてまた稲盛さんは、同記事で「大切なことは、多少貧しかったり、不自由であったり、いろいろな問題があったとしても、それでもこうして生きていけることにありがたいと感謝することです。自分がしみじみと幸せを感じることができれば、それを周りに返してあげたいという心が自然に生まれます」とも言われています。
同じように安岡正篤先生におかれても、「第一に心中常に喜神を含むこと」「第二に心中絶えず感謝の念を含むこと」「第三に常に陰徳を志すこと」というふうに、人生を生きる上で大事なことの一つとして「感謝すること」を説かれています(※1/※2)。
では、感謝の出発点とは一体何処からかと考えてみるに、仏教では「人身受け難し」として此の世に人の身で生まれてきたということ程、ありがたいことはないではないかとしています(※3)。
そして然も、五体満足で生まれてきたということであれば、そんなにありがたいことはなく、それ以上一体何を望むのかというわけで、正に之こそが人間としての感謝の出発点だと私は考えています。
例えば、キリンなどは生まれて後「20分程度で立つことができるようになる」動物ですが、人間程ある意味長期間に亘って親の保護の下で育ち、少しずつ自立して行く動物というのは稀ではないかと思われ、取り分け3歳位までの間は両親の世話なしには生きて行けません(※4)。
そういう意味で人間というのは、先ず生を享けたところから感謝が始まり、その後ある程度一人前になるまで育てて貰った親に対する恩と感謝の念というのが醸成され、そして今度は社会に出て行くということになるわけですが、こうした感謝の念を十分に醸成して行くことは社会の中で生きて行く上でも大変重要です。
「人間は社会的動物である」とアリストテレスが言い、「人間は常に弧に非ずして群である」と荀子が述べている通り、要するに人というものは他人や社会との干渉なしには存在し得ない自分一人では生き得ない動物です(※5/※6)。
今年2月のブログ『私が大事に思う2つの人間的態度』でも御紹介した通り、感謝と言った場合に仏教の世界では「顕加(けんが:目に見える何かをして頂いたことへの感謝)」と「冥加(みょうが:表に表れない、見えないものへの感謝)」という二通りがあります(※7)。
例えば、日々我々が美味しく食事が出来るのは、米を作ってくれる人がいたり魚を獲ってきてくれる人がいるからであって、そういう気持ち・労働といった全てに対する冥加も含め、やはりあらゆることに感謝する気持ちを常に持たねばなりません(※2)。
嘗て『PRESIDENT』の取材を受けた際にも、私は『普段、顕加だけでなく冥加の世界に至るまでありがたいという気持ちで生きている人は、「ありがとう」という言葉がスッと出る。相手を敬い、拙い自分を恥ずかしく思う気持ちがあるからであり、だからこそ人は成長する』と述べましたが、小さい時から醸成してきた此の感謝の念というものが、ある意味生きて行くための一つの大きな道徳的要素になって行くのです(※7)。
だからこそ、人という動物は独り立ちするまでに大変長い時間を要するわけで、その間に醸成された感謝の念、ありがたいという気持ちを持って社会に出、そしてそれで以て社会生活を円滑にやって行くことが出来るのだと思います。
拙著『人物をつくる 真のリーダーに求められるもの』(PHP研究所)でも述べたように、嘗て読んだ本の中にあった「感謝は実力を倍加する打ち出の小槌なり」という言葉は正に至言であり、私自身そういうふうに理解をしています。
「ありがたい」という日本の言葉は「有ることが非常に難しい」という意味で、有ること自体難しいことが起こっているが故、ありがたい(有り難い)と表されます。
これまた感謝の念の表現方法として実に言い得て妙な言葉だと思っていて、有り難いという語を当て嵌めている意味は非常に深く、実に素晴らしい表現だと思う次第です。

参考
※1:2013年3月14日北尾吉孝日記『報いを求める心からの脱却
※2:2013年2月22日北尾吉孝日記『私が大事に思う2つの人間的態度
※3:真宗大谷派 専念寺公式ウェブサイト「今月の伝道掲示板
※4:Wikipedia「キリン
※5:2012年11月5日北尾吉孝日記『フェイスブックの将来~フェイスブック参加から1年、日記開始から5年半を経過して~
※6:2012年11月1日北尾吉孝日記『人類の宝「古典」に学ぶ
※7:2012年10月14日PRESIDENT Online『<損して「徳」のお礼状>感謝の裏に、拙い己を恥じる気持ちがあるか』(北尾吉孝)




 

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