北尾吉孝日記

『政治というもの』

2013年12月17日 12:38
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昨朝「安岡正篤(26)」として「政治というものは多少理に反するところがあっても、まず民を悦ばせてやらなければなりません。そうでないと民は信じません。信じないと従いません。とにかく民を従わすためには、ちょっと機嫌をとってやることが必要である」という「春秋時代の鄭(てい)の名宰相子産(しさん)」の意見をツイートしました(※1/※2)。
近代日本における政治家を考えてみるに、ある意味最も人心を上手く得て圧倒的人気を持った代表的な政治家は、昨日没後20年を迎えた田中角栄という人であったのだろうと思います。
今から40年程前に『日本列島改造論』をぶち上げて、日本全体に明るさを齎した角栄氏については、昨年10月にも『田中角栄的総理待望論』というブログで述べたように、重厚感や胆識といったものを感じさせ、中長期的な国家ビジョンを構想し得る日本に稀有の政治家であったと評しています。
また、2年前の8月のブログ『民主党代表選と小沢一郎』でも官僚機構に対し挑戦しようとする人は皆その世界から抹殺されて行くような現実があるという文脈で、エネルギー政策の大転換を試みようとした角栄氏につき、米国にべったりの当時の官僚組織が米国の意向に背くとしてそれを抑止し、結局は米国の逆鱗に触れ「ロッキード事件」で葬り去られたということを指摘しました。
日本の長期ビジョンに立って、絶大な世界的プレゼンスを誇っていた米国を向こうに回し、そして欧米メジャーに依存しない形での独自のエネルギー戦略を実践に移そうとしたという意味でも、彼は日本では珍しいスケールの大きな政治家であったというふうに捉えています(※3)。
そして、やはり角栄氏の功の最たるものは米国に6年半も先んじて中国との国交正常化を実現したということだと思いますが、何れにしても上手く「民を悦ばせ」信じさせた近代日本でNo.1の政治家は田中角栄という人だったのだろうと思います(※3)。

※1:2013年12月16日yoshitaka_kitao – Twitter
※2:2013年12月16日yoshitaka_kitao – Twitter
※3:2012年10月11日北尾吉孝日記『田中角栄的総理待望論




 

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