北尾吉孝日記

『リーダーとは何か』

2014年1月10日 11:25
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機関誌「大樹」12号に「新連載 誇り高きニッポンの事業家」というインタビュー記事があり、その第一回目にアフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)創業者で現在最高顧問の大竹美喜さんが登場されています。
その中で大竹さんは「リーダーとは何であるのか」という質問に対し、「日本では、リーダーという言葉の定義が曖昧で日本語にない言葉の一つです」との認識を示された上で、コーディネーターやインストラクター或いはヒーローを例に挙げながら、リーダーというものを語っておられます。
私自身、リーダーとは、①先ず一つの志(理想を目指し到達しようとする心)を描き、その志を共有して行く仲間達が存在して、②その共通目的の実現のために集った仲間達から、その能力や手腕あるいは人格等により指導者という形で仰がれ、③そして今度はその目的を成功裏に成し遂げるべく、目標達成に対する誰よりも強い意志と熱意を有し、④また更にその仲間達全てに対しても透徹した責任感と犠牲的精神といったものを持つようになる時、自分自身も他者も自ずとその目的遂行のためのリーダーとして認識して行く、というふうになるものだと認識しています(※1)。
志を持つということでは、例えば『後漢書』の中に「有志竟成・・・ゆうしきょうせい:志ある者は事(こと)竟(つい)に成る」という光武帝の有名な言葉もありますが、此の志という字については拙著『北尾吉孝の経営道場』(企業家ネットワーク)の「第一章 経営トップの条件」において、「志という字は士の心と書きます。さらに士という字を見ると、十と一。十は大衆、一は多数の意志を責任を持って取りまとめること、あるいはその人たちの一般的指導者を表します。ゆえに志とは公に仕える心、多くの人を引っ張っていく責任の重たい士の心です」と書いたことがあります(※2)。
此の字に関しては諸説あって先日もある人の本を読んでいたら、「志という字は十の下に心と書く。仮に十から九を引くと残るのは一人の心であり、一人の命を全て捨て去って最後に残るものが志だ」というふうにあり、非常に味のある考え方だと思いました。私の志に対する考え方は上記拙著でも述べた通り、指導者という人が持つべき心が志だとする伝統的な見方でありますが、上記の考えと一脈相通じると思います。
そして最後にもう一つ、そもそもリーダーというのは定義に当て嵌めてリーダーか否かを判別するような話ではなく、その人自身がどう思うか・周りがその人をどう思うかという問題だと思っています。だから、私は夫々の分野において色々なリーダーが夫々のタイミングで存在すると考えます。
そういう意味では今リーダーとしている人が、そのポジションではリーダーかもしれないけれども、他へ行けば他のリーダーがいるということなのだろうと思われ、リーダーというのは夫々の組織体の中で決まって行くものだと思っています。

参考
※1:2012年8月13日北尾吉孝日記『最高の熱意を持つ~指導者の第一条件~
※2:2009年7月31日北尾吉孝日記『SBIグループ創業10周年感謝の夕べ




 

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