北尾吉孝日記

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人の話を聞くということについて、時に聞きながら考えるということを勧めたりする人がいますが、之について皆様は如何なる考えを御持ちで普段どのような聞き方をされているでしょうか。
此の聞くということに対する私見としては、聞きながら考えますと集中が妨げられ集中を維持し難くなりますから、やはり聞く時は唯ひたすら真剣に聞くということが良いのではないかと考えます。
そして寧ろ重要だと思うのは、上記した通り聞く時はその人の言うことをきちっと聞き、その上でそれを自分なりにどう消化し何を思うかが瞬時に出来るということであって、そういうトレーニングは必要なのだろうと思います。
拙著『ビジネスに活かす「論語」』(致知出版社)の「第六章 孔子に学ぶ対人交渉術――世界で通用する交渉力を身につける」の「話し上手になるよりも聞き上手になる」において、私は「交渉の席で自分のいいたいことを一方的に話して終わりという人が結構います」とその冒頭で述べました。
このように自らの思いを言う方にばかり神経を使うような人が多くいますが、例えばそういう人に営業をやらせてみても、その殆どは失敗します。先ず営業をする上で何が一番大事かと言えば、相手の話を聞き相手のニーズとは一体何なのかを聞き出しそれを掴むということであって、そこを疎かにしている人に営業など出来ません。相手が何を考えているかと推量する余裕もなく、唯々自分のセールストークだけを一生懸命に話すことに終始する人と、交渉など出来るはずがないのです。
之について上記拙著の「話し上手になるよりも聞き上手になる」では、『論語』の「為政第二の十八」にある「多く聞きて疑わしきを闕(か)き、慎(つつし)みて其の余りを言えば、即ち尤(とがめ)寡(すくな)し。多く見て殆(あやう)きを闕き、慎みて其の余りを行えば、即ち悔(くい)寡し・・・たくさん聞いて疑問に思うことはわかったような顔をして口にしたりせず、納得がいったところだけ発言するようにすれば間違いは少ない。たくさん見てあやふやなところは行動せず、納得がいった部分だけを慎重に行動に移していけば後で悔いることは少ない」という孔子の言葉を例示しながら、余り喋り過ぎない方が良いということを説きました。
やはり先ずは話を聞き相手の言うことを十分消化した上で、出来るだけ短時間で自分の思いというものを相手に伝える或いは具体的行動で示す、ということが私は重要なのだと思っています。
之についても、「吾(われ)回と言うこと終日、違(たが)わざること愚なるが如し。退きて其の私(し)を省(み)れば、亦(また)以て発するに足れり。回や愚ならず」(為政第二の九)という孔子が高弟の顔回を評した面白い話、即ち「顔回と一日中話をしていても、なんでも『はいはい、はいはい』というばかりで、一切反論しない。その様子はまるで愚か者のようだ。しかし、顔回の普段の様子を見ていると、私の言葉をしっかり守って実行している。そういうのを見ると、顔回は愚かじゃないな」という孔子の言葉を同書の中で御紹介しました。
此の顔回という人は正に聞き上手で、孔子にも寡黙な態度で接していたのだと思いますが、彼のように余計なことは言わずやるベきをちゃんとやる、というのも一つ大事な姿勢だと思います。
またカンバセーションにおいては、仮に聞くだけ聞いて黙っていたら「この人、大丈夫かなぁ???」というふうに相手は当然思うでしょうから、やはりそれに対する応答の間合いというものが求められてくるでしょう。
従ってそういう意味では、その適当な間合いの中で自分がどう思うかということを、相手の心に響く形で上手く表現出来るようトレーニングをするということが、必要だと思います。




 

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