北尾吉孝日記

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昨年4月、『社会人としてのスタートを切る若者達へ』というブログの冒頭でも書いたように、毎年このシーズンになりますと私は、SBI大学院大学の卒業式や入学式、あるいは入社式で喋るということがあります。
例えば『2011年度入社式訓示』では、『論語の中に「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。」とあるわけで、貴方達はもう直ぐ30歳になり、立志の年、即ち志を立てる年になるのです。何時までも志が立たなければ「四十にして惑わず。」とは行かず、何時まで経っても惑い、どう生きて良いのか分からないというような人間にしかならないのです。貴方達が20代にどれだけの学問修養を行うのかが、立志の年以降の人生の歩みを大きく左右するのです。そして一度志を立てたならば、それを死ぬまで貫き通すという覚悟をしなくてはなりません。そのようなものが立たない人間は、中途半端な人間にしかならないのです。貴方達にとって毎日が真剣勝負です。私自身も毎日真剣勝負しているのです』等々と話しました(※1)。
私は基本的に何時も原稿など用意せず、話す内容は事前に決めずに毎回違った内容を即興で話しているわけですが、逆に言えば大学生であれ大学院生であれ新社会人であれ、夫々の大人が大人として自立・独立し皆主体的に生きて行くということですから、ある意味いい大人に対して「ああしなさい」「こうしなさい」と言うことでは最早ないと思っています(※2)。
主体的に生きて行く上で大事になるのは、社会生活を営む中で常に勉強し自分自身を磨いて行くということであり、上記ブログでも「学窓を出て社会人になって行く人達が何をすべきかと言えば、それは正にある意味非常に矛盾に満ちた多難な然も複雑霊妙な此の実社会に入っていくわけで、そこで今度は活学を実践するということでなければなりません。そういう意味では、それまでの学問知識のための死んだ学問ではなく、本当の意味での生きた学問の時間というものが、これからスタートするということだと私は捉えています」と述べました。
そして、そういう世界において大事になるのは素直な気持ちを持つということであって、1年前にも『私が大事に思う2つの人間的態度』というブログの結語として、「森羅万象是皆師也という気持ち、そしてあらゆることに感謝する気持ち、此の2つを持ち続けたいと思う次第です」と書きましたが、謙虚で素直な人はスポンジが水を吸い込むが如く、自身を取り巻く森羅万象あらゆるものを吸収して行くことが出来るわけです。
之が仮に「素直さ」「謙虚さ」がないとなれば、例えば『好きな人、嫌いな人』で人を見、「何であんな奴と付き合わなければならないんだ!」から始まって、「付き合ってみたけれど、やっぱりあいつはダメだ」とぐだぐだと言い出すことにもなりかねません。
嫌いな人あるいは自分とはまるっきり違う人から学ぶということは結構多く、素直に森羅万象皆師であると思いながら、謙虚にあらゆることを柔軟に吸収して行くという態度が一番大事だと思いますが、他方それ以外の事柄に関して「ああしなさい」「こうしなさい」とこの時季のセレモニーで告げてみたところで、殆ど意味を為さないのではないかと私は考えています。

参考
※1:2010年11月8日北尾吉孝日記『社会貢献活動の一つの在り方~森信三全集を現代の若者達へ~
※2:2007年12月28日北尾吉孝日記『人前で話すということ




 

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