北尾吉孝日記

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ヤンキースのイチロー選手は、「今自分がやっていることが好きであるかどうか。それさえあれば自分を磨こうとするし、常に前に進もうとする自分がいるはず」と言われているようです。
では、如何ともし難い理由で嫌いな仕事をし続けねばならない場合、それをどう考えれば良いのかということが片一方でありますが、之は中々難しい問いだというふうに思います。
『論語』の「雍也第六の二十」には、「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず・・・ただ知っているだけの人はそれを好む人に及ばず、ただ好むだけの人はそれを楽しんでいる人に及ばない」という言葉があります(※1)。
即ち、好きだったら良いかというとそういうものでもなく、正に楽しむということが働き甲斐や生き甲斐を感じるといったことに繋がり、ある意味人生の最高の境地とも言い得るものだと『論語』にはあるわけです(※1)。
あるいは「好きこそ物の上手なれ」という言葉もありますが、自分として好きで上手な事と楽しんで下手な事どちらが良いのかといった時、仮に下手であったとしても楽しめたらそれで良い、という価値観を有する人も結構いるような気がします。
従って、そういう意味では人夫々の価値観の問題であると一面言えるのかもしれません。他方この世のあらゆる事柄を好き嫌いで判断していたらどうなるのかと思われて、ぜひ皆さんに聞いてみたいのは「日々の仕事の内、好きだと言えるものは一体何割を占めていますか?」ということです(※2)。
仮にその大半が嫌いであったとしても、直ぐにその職を辞すというわけには行かないのですから、やはり自らの仕事に対しては、透徹した使命感・責任感といったものを持ち、好き嫌い関係なくやり通さねばなりません。
之に関しては、戦争ということを例に考えれば一番はっきりしているかと思います。戦地で危うい所に身を置きたいと思う人は誰もいません。誰一人として特攻隊のパイロットになりたいとも思いません。しかしそれが嫌であったとしても、祖国のため同朋のためやらねばならぬと言って、多くの人が戦地に行き、その尊い命を落としました。之を如何に考えるのかということです。
つまり私が何を言いたいのかと言えば、好き嫌いで物事を考えられるのは自分に関して非常に狭い範囲に限られた事柄のみであり、此の現実の社会生活殆どにおいては実はそういうものではありません。

参考
※1:2013年8月20日北尾吉孝日記『仕事との向き合い方~20代・30代・40代・50代~
※2:2014年3月17日北尾吉孝日記『森羅万象是皆師也~主体的に己を化し、育て築き上げる~




 

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