北尾吉孝日記

この記事をシェアする

新入社員の「出世欲」調査においては、例えば昨春対象で「上昇志向を持たない新人が増えている」という結果が出たり、あるいは今春対象で「出世したいが9割超で、強い上昇意欲」と真逆の結果が出たりと、年度や媒体等によって様々です。
実際の話をすれば、仮に入社時に高い出世欲を持っていたとしても現実の世界の中で諦めて行く人が殆どであり、そしてその世界の中で「自分の天命は此の会社で偉くなることではない」等として、己の分を弁えて行くということが一つあるのだろうと思います。
『中庸』の中に「君子は其の位(くらい)に素して行い、其の外(ほか)を願わず…君子というものはその自らの立場・環境に応じて自らを尽くし、他の立場や環境を欲したりはしない」という言葉もありますが、昔から東洋哲学の中で言われているように、分を超えることなく「其の位に素して行い」を為すことも、それはそれで重要です(※1)。
考えてみれば、今非常に早くから競争社会に入って行くという中で、「この大学の先輩達を見てると、ここを卒業しても出世なんか無理なんだろうなぁ」というふうに思う人が、大学までの過程で結構多くなっているのではと感じます。
ただ先ず以て認識すべきは、此の実社会というのは学生時代のようなhomogeneous(同質的)な世界、即ち先生等を除けばその殆どが自分と年齢が近い同世代の人達という状況ではなく、これまでとは全く違ったheterogeneous(異質的)な世界を形成して行くことになります(※2)。
勿論、同じ年齢ぐらいの同僚も入社してはきますが、自分を取り巻く圧倒的多数は年齢的にも考え方の面でも大きく違うような人達で、然も取引先や株主等々の様々な利害関係者が自分の周りに沢山存在するようになります(※2)。
そういう中である種の上下関係、指揮命令系統というのも当然どの組織にもあって、学生時代には経験していなかったような、非常に複雑微妙な世界に飛び込んで行くことになるわけです(※2)。
つまり上記した状況というのは、何大学を卒業したといった類は全く関係ない社会に入って行くということであり、寧ろその人のそれまでの生き方・人間性・性格・人間的魅力等々が大変重要になるのです。
学窓を出てからの社会生活においては、英国社数理中心のペーパー試験偏重体制での記憶力を主に判定する成績評価とは、全く関係ない評価が出てくる可能性が大いにあるわけですから、何も最初からそうした自身の将来に関する多くを諦めるべきではありません。
私に言わせれば、自分自身のためだけの野心ではなく、世のため人のための志というものを確りと定め、日々与えられた仕事に真摯に向かって行くこと、熱意を持ち仕事に意義を見出して取り組んで行くことが一番大事だと思うのです。
それが結果において、出世ということになるのかもしれないし、ならないのかもしれません。それは天命と思って、最終的に天に任せるべきことです。全てが超一流の人間であるなどというのはあり得ません。夫々が自分自身の分を弁え、その分の中できちっとした生活を送って行けば良いでしょう(※3)。
此の分を弁えるということもまた非常に大事なことであって、その中で「楽天知命(天を楽しみ命を知る、故に憂えず)」と『易経』にあるように、自分の天命を自覚すればこそ心の平安が得られるようになるものだと思います(※3)。

参考
※1:2013年4月17日北尾吉孝日記『人生の大病はただこれ一の傲の字なり
※2:2013年4月2日北尾吉孝日記『社会人としてのスタートを切る若者達へ
※3:2012年8月8日北尾吉孝日記『本物と偽物




 

(任意/公開)
(任意/非公開)



Copyright © SBI Holdings, inc. All rights reserved.